第3話 手がきれいと言われたので

「あんたさん、きれいなお手てやね。明日、うちの店においでよ。一緒に過ごそ」


 大学の最寄りの駅から友達の下宿に向かう途中にある熟女じゅくじょバーのビラを渡された。熟女バーってね。と、思っていた。自分の母親と同じくらいの女がいたら、そっくりの女がいたらどうしようもない。


 そんな想像をしていたのだが、その女性は美しく大学生にも見えた。


「明日、うちの卒業式やねん。一緒に飲んでくれへん?」

 ここは公道こうどうですので、ビラ配りはダメなはずです。


 そう理性的かつ常識的な回答をしよう。


「はい、明日行きます」




 次の日、大学で小躍こおどりりしたくなった。放課後にまたあの女性に会える。手をほめてくれるなんて思わなかった。しかもちょっと京都弁風きょうとべんふう懸念事項けねんじこうは酒に弱いというところだろう。


「どうしたんや? 田中」

 下宿によく遊びに行く熊谷くまがやに呼び止められた。


「なにが?」


「何がってお前、授業も演習も食堂も幸福度高そうな顔して」


「ま、放課後のお楽しみや」

 怪訝けげんな顔をして、離れていった。

 まぁいい、手を触られるのは少し気持ち良かった。今日も触られるのか。



「今日はうちのために来てくれてありがとね」

 聞いてない。各年代が集まっていた。老若男ろうにゃんなんの大集合だ。唯一の救いはどうやらめる言葉は違うらしく。


「内村さん、今日もきれいなしわやね。まだまだうちも頑張らんとね」


「池本さん、足の筋肉きれいやわ。うち筋肉好きやから見惚みほれてしまうわ」


「佐川さん、立ち姿がきれいな人って憧れるわ」


 他にもつえがカッコいい。


 背中まげて、うちと視線合わせてくれて嬉しい。


 禁煙出来てるわすごい。

 など、喜ばれるかどうかという感想にも男どもはヘラヘラとし、全く情けない。


「僕ちゃん来てくれたんや、ありがとね。やっぱりきれいなお手てやわ。はい、乾杯」

 手を触れないまま、他の客に行ってしまった。

 これは最後まで残るしかない、と思った人間は、一人では無かったようだ。


 きっとこれはお互いがゆずれないものがあったのだろう。だが、一人また一人と脱落だつらくして行った。つぶれた老人を見て奥からブラケットを持ってかけていく女性に視線が集まる。


 潰れるのは潰れるで役得やくとくかもしれない。

 事前にウコンを仕込んで、飲むペースをゆっくりにしていたが、さすがに日付を越えるとみな怪しくなってくる。


 分かっているのだろう。おさわりをする男はいなかった。この場は紳士しんしの男性が、お互いの矜持きょうじを守りつつ静かな戦いの場になっていた。

 もちろん今も生き残っている男はまたあの女性と話したいといった。よこしまな希望があったことは確かだ。二周目三周目をした辺りからまたどんどん減っていった。勇者にブラケットをかける女性。


 もう僕も限界だった。床に落ちる感触だけあった。


 起きるとあの女性がビラを配っていた場所だ。



「おはようさん、兄ちゃんお酒慣れてへんやろ。兄ちゃんで最後や、はよ帰りや」


「あのえっと」


「この店、内装工事で今日から廃業」

 立ち上がると作業服姿の男性がたくさんいた。起こしてくれた男性は警備員だった。




「ご指名は?」


「電話で言ったけど」


「ガーヤですね」


「はい」

 私は一昨日まで熟女バーで働いていたが、廃業はいぎょうともない。三日前に営業終了となった。

 私には固定客が何人もついていたので、退職金代わりで百を持っていってもいいという条件で、一昨日、かせいだお金をここのガーヤ君にみついでいる。


 ガーヤ君は大学生でお金が無いから稼いでいるという設定だ。私が京都弁風で話すのも設定。いいじゃない、設定で幸せなんだから。


 ガーヤ君に寄せる体、明日からどうしよ。コールセンターを増やさないといけない。


「そういえば、一昨日友達がやけに機嫌がよくて、講義も演習も食堂もニヤニヤしながらいたから、何かあったのかって聞いたら、放課後の楽しみやって。好きな女の子と会う約束やったんかな。でも昨日、くさい体で下宿に来たから風呂入れたんやけど。もう終わりやって、変やわ。ホンマに変」


 こういう学生さんあるあるを聞くのも結構好きだ。


「失恋やってさ、アホやろ?」

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怪奇譚三篇 ハナビシトモエ @sikasann

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