第2話 若いってだけで財産

 ホームレス、浮浪者ふろうしゃ。様々な言われ方をするが、ホームレスになりたくてなったわけではない。大手私鉄の高架下こうかしたが俺の住処すみかだ。


 隣にいる若い男はホームレスの生活とはどのようなものかを体験するために貯金を全て使ってからここに来た。動機は腹立たしいが、役に立つ情報屋なのでそばに置いている。


立浪たつなみさん。裏の広場でいも味噌汁みそしる配るそうですよ」

「立浪さん。飲料水の配布だそうです」

「立浪さん。弁当べんとうを配ってます」


 気力だけで生きて来た。親父の代から続く金物屋かなものやには六千万ほどの借金があった。親父が生きていた頃に結婚をし、子どもが出来た。借金の存在を知ったのは親父が死んでからだ。


 子どもを養う為に相続のお金は必要だった。俺は借金を背負い家を出た。二十年から先は数えていない。六千万なんてそうそう返せる金額ではない。弁護士をやとう金もない。もう多額の保険金がかけられている。もうそろそろ潮時しおどきか。


 首をつるか、事故に見せかけて線路に落ちるか。事故の方がいいだろう。自殺では保険金は落ちないらしい。


「立浪さん、立浪さん」

 ゆっくり顔を上げた。


「あぁ、大丈夫だ」


「顔色悪いですよ」


「ここいらにいる奴らで顔色がいい輩なんているかよ」


「確かに」

 両手には湯気の立ったご飯と袋に入った梅干しが二つ。


「美味そうだな」


「野菜が無いのはバランス的にね。新米だそうですよ」

 そうか、もう十月か。


「悪いことは言わない。こういうことは止めろ。冬は厳しいぞ」


「それくらい覚悟しています。ここで三年も四年も暮らすって」


「馬鹿野郎」

 声が少しかすれた。


「冬を知らないから言えるんだ。こっちは新聞紙で寝ても夜中は凍えるくらい寒いんだ。死ぬよりひどい、ここで、この道で何人死ぬと思っているんだ」


「立浪さんこそ、死んでしまいますよ」


「おらあ、いいんだ。死んで借金取りに回収される保険金がかかっている。それでいいんだ」


律儀りちぎですね、返そうとするんだ。僕だったら逃げますよ」


「もう数十年前に生き別れた妻に迷惑をかけることは出来ない。元々、事業を拡大させるために親父が作った借金だ。アイツに迷惑はかけらんめぇよ。アンタはこれからだ。俺にはもう無い」


「立浪さん、銭湯せんとう行きませんか?」


「は?」


「缶集めるの頑張ったんで、二人分の銭湯代があります。幸せを買いませんか」

 最近は体を動かすことも辛く仕事が出来ていなかった。稼ぎはない。風呂は確かに

魅力的だ。


「ダメだ」


「なんでですか?」


贅沢ぜいたくを知るとその向こうも知りたくなる」


「いいじゃないですか。知りましょうよ」


「ダメだ」


「じゃ、分かりました。僕銭湯行くの寂しいんでついてきてください」


「ああ? ここ取られたらもう場所ねぇぞ」


「また見つかりますよ」


「ここはな、この辺りでは珍しい。雨が当たらねぇとこなんだよ。そんなのすぐに持っていかれちまうよ」

 若い男はあきらめたようだ。


「分かりました。そういうことなら仕方ないですね」


「ここは先代からもらった土地なんだよ」


「そうでしたか。すみませんでした。じゃ、裏にシャワー出来たんで行ってください。待ってます」


「お前」


「不安ですか。わかりました。僕は行って来ますね」

 若い男はいいよ。若いってだけで財産だ。ちゃんと言ってやろう。まだやり直しが効く。貯金もすぐにまるだろう。そんで小さな幸せと俺が作れなかった家庭を作るんだ。


 で、なんで俺の本名を知っているのだ


「立浪さん、お風呂持ってきました。ここいらの皆さんも入りましょう」

 目の前に大きなたらいとたっぷりの水に大量のタオル。


清拭せいしきです。人数が多いんで二度付けは禁止です」

 信用してなかったみたいなので、試しに俺が水にタオルをつけて腕を拭くと気持ちいい。

 シャツと下着を脱いだ。多分、においは消えないけど気持ちよかった。


「おばあちゃんがアイデアマンで案をくれるんです。旦那を探しているって」

 似ているな。さと子に。


「おじいちゃん、戻ってきなよ。銭湯もたくさんいこう」

 若い男がそう言った瞬間悟った。

 

 次の日、俺は酒をたらふく飲んで、線路の上に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る