第二話・手配犯 葉隠カレラ④

 少しして、部屋の出入り口の扉がノックされる。「入れ」と白衣の男がぶっきらぼうに言うと、扉の向こうから、また別の男が姿を現した。


 ジーンズにグレイのヘンリーネック。腰下くらいまでの丈のミリタリージャケットに腕を通し、ブラウンのフェドーラハットを目深に被って目元を隠している。が、左目から頬にかけて奔る痛々しい傷跡が隠しきれていない。


「来たぞ」


 ハットの男、白衣の男いわくヴァッシュなる人物が言った。低く、とても冷たい声だった。


「ミスタ・ヴァッシュ、君の出番だ」


 白衣の男が言い、彼は自分のデスクに腰かける。


「逃げ出した検体を連れ帰ってほしい」

「例のガキ一人か?」

「そのはずだったんだが、少し予定が狂った」

「と言うと?」

「ガキが一人増えた」


 おどけたように白衣の男が言うと、ヴァッシュは首を傾げた。ハットの鍔の奥の瞳が、地面にうずくまる戦闘服の男に向く。


「それだけか?」


 怪訝そうな声色で彼は言った。ガキ一人、たったそれだけに、何故こいつ等が苦戦するとでも言いたそうな言い方だ。


「あぁ、それだけだ」


 肩をすくめながら、白衣の男が言う。先ほどの無言の問いに、「まったくだ」という返答を込めた言い方だった。


「そうか。で、そいつらはどこにいる?」

「今現在捜索中だ」

「追跡すら躱されたのか?」

「あぁ、だがもう手は打ってある」


 白衣の男は鼻を鳴らし、腕を組みながら言う。


「君は保険だよ。ミスタ・ヴァッシュ」

「何だっていい。報酬が支払われるのならば」

「そこは心配しなくていい」


 白衣の男が言うと、ヴァッシュは小さく頷いて、背後の扉の方を向いた。ドアノブに手を掛けたと同時に、白衣の男に背を向けたまま言う。


「ちなみに、二人とも生かしておく必要が?」

「いや、死んで困るのは女の子の方だけだ」

「……そうか」


 恐ろしく冷たい声でそう言った後、ヴァッシュはドアノブを捻る。


「待て! ヴァッシュ!」


 地面に転がっていた戦闘服の男が苦し紛れに顔を上げ、ヴァッシュの背中に向けて叫んだ。


「忠告するぞ! いつものように一般人を巻き込むようなことをすれば――」

「その結果がこの体たらくだろう?」


 ヴァッシュは小さく振り返り、地面の戦闘服の男を見下ろしながら言った。声に若干の嘲笑が含まれている。今までの短い会話の中で、初めて彼が感情らしきものを見せた瞬間だった。


「俺は俺のやり方で連中を追う。金田隊長、あんたはあんたのやり方でやればいい」

「ヴァッシュ……!」

「第一、金を払うのはそこの池上室長だ。あんたにどうこう言われる筋合いはない」


 ヴァッシュが冷たく言い放つと、戦闘服の男、金田は歯を食いしばり、唸り声をあげる。


「問題があるのなら、俺より先に連中を捕まえることだ」


 そう続け、ドアを開いて部屋を後にしようとするヴァッシュ。


 金田が腰に釣り下げたナイフを引き抜き、その背中に向けて放った。


 ヴァッシュはドアから手を離し、振り向きざま、右の裏拳でそのナイフを弾き飛ばす。刃があらぬ方向の壁に突き刺さり、ふざけた真似をかました金田を見下ろしながら、ヴァッシュは呆れたように鼻を鳴らした。


「惜しかったな」


 そう一言だけ吐き捨てると、彼はさっさと部屋を後にした。


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ランナウェイ・ベイビー 車田 豪 @omoti2934

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