第二話・手配犯 葉隠カレラ③

「ふぅん、逃がしたと」

 

 ある研究所の一室で、ある男が言った。


 白衣の男だ。あまり頓着していないのか、寝癖を水で押さえつけ、とりあえずドライヤを掛けたような妙な髪型。色の入っていないフレームの眼鏡からは神経質そうな印象を受ける。長身の体にはあまり肉が付いておらず、「細長い」といった印象の男だ。


「それで?」

「それで……と言いますと?」


 その白衣の男が座るビジネスデスクを挟み、顔に冷や汗を浮かべながらおずおずと話すもう一人の男は、先ほどカレラを襲った連中と同じ身なりに身を包んでいる。


 防弾ベストに戦闘服。ヘルメットはつけていないが、上から押しつぶされたようなつるつるの髪型から、恐らく少し前までつけていたのだろう。目の周りには、双眼鏡を覗き込んだ時につくような、丸い跡がくっきりと浮かんでいた。暗視装置を使用したときの跡だ。


「それで、目標の居場所は?」


 白衣の男が言う。怒りで声のトーンが若干落ちている。


「ですから、捜索中です……」 


 戦闘服の男が腕で汗を拭いながら言った。どうも白衣の男と目を合わせたくないようだ。気まずそうに自身の足元の延長線上をじっと見つめるその視線が、彼に対する後ろめたさを物語っている。


 若干の間の跡、白衣の男が大きなため息とともに椅子から立ち上がった。デスクがぐらりと揺れ、上にあった地球儀の置物や、何らかのトロフィーがガタガタと揺れる。


 デスクの端、そこに何故か置いてあったメリケンサックを手に取ると、苛立ちを隠さない大股で戦闘服の男に近づき、そのまま歩く勢いに乗せたアッパーを彼の鳩尾にめり込ませた。


 任務を終え、運悪くセラミックプレートを外していたベストではメリケンサックの勢いを殺しきれず、戦闘服の男の胃がひっくり返った。うめき声と共に地面へ崩れ落ち、胃液をまき散らす。


「きったねぇな! ふざけんじゃねぇよ!」


 吐き終わるのも待たず、白衣の男は戦闘服の男の頬を蹴りつけた。吐瀉物があらぬ方向へ飛び、壁やデスク横の棚にまで引っ掛かる。


「……ったく、どうして僕の周りはこう使えないやつばっかりなんだ!?」


 そう言ってから、白衣の男が「あぁ!」と叫び声を上げる。戦闘服の男の事を気にかける様子は全くない。苛立ちに任せて再びデスクの方へ戻り、内線電話のボタンを乱暴に押下した。


「あの男をここに……あぁ、そうだ……その通りだ! ミスタ、ヴァッシュだ! さっさとしろ!」


 叩き壊す勢いで電話を切り、白衣の男は心底うんざりした様子で大きなため息を再びついた。


 戦闘服の男が腹を押さえながらよろよろと起き上がり、言う。


「室長! あの男を頼るつもりですか!?」

「あぁ、そうだ」

「考え直してください! あんな男無しでも、我々、ウル――」

 

 言い切る前に、白衣の男が投げつけたメリケンサックが戦闘服の男の額に直撃する。割れたそこから鮮血が散った。


「お前らが体たらくを晒すせいで、アイツに頼らざるを得なくなってんだろうが!」


 再び白衣の男が「あぁ!」と叫び声を上げる。


 その時、部屋の扉が開き、また新しい男が中に入って来た。



 

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