最終話 償いと波乱の幕開け

 人の感情は長い間維持出来ないようで、戸惑い、疑問、といった強い感情をタクマは抱いていたが、三姉妹が家へ帰ってくるまでの間にそれら感情は小さくなっていた。


 三姉妹の帰りを待つ間、直接的には言わないものの、少し考えれば分かるような遠回しな喋り方でフローリエが情報を小出しにしていた大きい。


 そのおかげである程度の情報を、三姉妹と再会する前に整理出来たからだろう。


 まず第一に、タクマの身体はまだ生まれて間もない赤子という事もあって、複雑な考えを巡らせたり、強い感情を発する事が出来ないのも理由の一つだ。泣いたら疲れて眠くなるし、お腹が膨れても眠くなる。睡魔に抗おうとしても、幼い身体では大した抵抗は出来ず。気がつけば眠ってしまっている。


 歩く以前にハイハイすら出来ないので、タクマは一日の大半を寝て過ごした。その間に色々と恥ずかしい体験はあったものの、家にはフローリエと二人っきりだけだったのが幸いだっただろうか。




「お父さん!!」


 ムギュっと柔らかなタクマの頬を潰すように、抱きついてくるアルノに戸惑いを浮かべつつも、何処か懐かしさを感じる三姉妹の姿を見てタクマの心は温かくなった。


 真っ先に抱きついてきたアルノを呆れた様子で見るのは、少し雰囲気が変わったルイナとシズの二人、その後ろにはまるで冒険者の様に革製の防具を身に着けたリブラも一緒に居た。


 見た感じ、三姉妹とリブラで何処か行っていたのだろうか?


「やっぱりお父さんだぁ~!!」


 わしゃわしゃと、まるでムツ◯ロウさんが動物を愛でるかのように触るアルノの手は、決して痛くないのだが、結構力が強い。


 久しぶりの再会にテンションが高いせいもあるのか、そんな荒っぽい触れ方をするアルノに、パシン!とルイナが頭を軽く叩いた。


「やめなさい、アルノ」

「ぅう~、ごめんなさい」


 二人のやり取りをみて、やはりルイナ達も赤子であるタクマの事をちゃんと義父と認識しているんだな、と思いつつも、シズは我関せず。といったようにフローリエと会話をしている。


 後ろに控えていたリブラに至っては旅に持っていった荷物の片付けを行っていた。


 まるでタクマがこの身体に転生する事を、ずっと前から知っていたかのように。


「先にお風呂に入りましょ、旅から帰ってきたばかりだから汗臭いわ」

「そうだね、先に風呂入ろっか」


 ルイナとアルノはそう話し、ついでとばかりに「お父さんも一緒に入る?」と聞いてくるが、娘と一緒に入るのは駄目だ。とタクマはまだあーあー声を上げながら抵抗する。


 それに対してアルノは小さく「冗談だよ」と言ってリビングを後にした。






(・・・・・・なんてことを)


 ルイナたち三姉妹が家に戻ってきた後、旅の疲れを癒やすべく数日が経ったところで、タクマがフローリエの子として生まれ変わったのか説明を始めた。


 話している場所は、前世のタクマが老衰で息を引き取った部屋であり、息を引き取った際に寝ていたベッドは撤去され、今は何もない無機質な空間が広がっていた。


 そこにルイナは、椅子の脚の部分にカーブを付けた二本の板が取り付けられた。いわゆるロッキングチェアと呼ばれる椅子を運び、タクマを抱きかかえながら静かに話し始める。


 その内容は、タクマを転生させた理由とその内容、どれも常識から外れたものであり、タクマを転生させるまでの過程で多くの尊い命を摘んできたと告白した。


 それに対してタクマは愕然としつつも、まだ喋れるほど身体が成長していないので、ただ一方的にルイナの懺悔に似た話を聞いているだけだった。


 この世界に置ける月の定義は不明だが、夜空に輝く満月が、二人のいる暗い部屋を照らす。差し込む月光はまるでスポットライトのようにルイナを中心にして照らし、第三者から見れば今のルイナの姿は儚い女性にも思えるだろう。


 まるで劇や映画の印象的なワンシーンの様にも見えるが、彼女の口から語られる内容は、正しく彼女が魔女と呼ぶに相応しい所業の数々であり、その口から謝罪の言葉はあれど、後悔はしていない、といった意志を感じた。


 そんなルイナに対してタクマは怒る訳でもなく、恐ろしいと思う訳でもなく、ただ悲しいと感じた。


 そして自分がもっと彼女達と上手く接していれば、この様な事にならなかったのではないか?と同時に思った。


 自分が怒るのは筋違いだ・・・・・・と、タクマは思った。寧ろ、彼女達の親として犠牲となった人々に謝罪するべきだと思った。


 もし、この行為が自分本位・・・・・・所謂、世界征服だの、永遠の命を目指すといったように純粋な悪意によって行われたのであれば、タクマにも怒りが湧き上がってきたかも知れないが、その根底にある気持ちは、親を生き返らせたいという悪意と呼ぶには相応しくない優しい考えがあった。


 そんな優しい思いに少し安堵の感情が浮かび上がるも、ルイナの告白によれば決して少なくない数の人々が犠牲になったという、直接的に亡くなった者は少ないようだが、中には再起不能となり、人生が変わってしまった者もいるそうだ。


「罪滅ぼし・・・・・・なのかな、最近は皆で色々活動しているんだ」


 事の顛末を話し終えたルイナは、今、自分たちが罪滅ぼしとして各地を回っていたと教えてくれた。


 ルイナは魔法技術の発展、アルノは危険な古代遺跡の調査及びに強力なモンスターの討伐、シズは未だに毎年のように侵攻を続けるパラスタ連邦の獣人族から人々を護ったりと、それぞれの立場で社会が豊かになる様に罪滅ぼしをしていると言った。


 ・・・・・・ただ、その言葉をタクマは素直に受け取れずに居た。


「私達の目的は達成したからさ、これからまた別の悪事をやるつもりはないよ?・・・・・・信用して貰えないだろうけど」


 何十年と一緒に生活してきて、ずっと隠し事をしていたルイナ達をまたすぐに信用するというのは難しい。


 だからといって、娘の言葉を信頼しない親もまた親では無いだろう・・・・・・と、同時に思った。親の監督責任――――という言葉がこの世界に存在するか不明だが、より一層、彼女達を良く見て監視なければいけないだろう・・・・・・とタクマは思った。


(分かったよ――――――)


 犠牲になった人達に対してどう償えばいいのか分からない、まだ赤ん坊の身体であるタクマにとって、今できる事は殆無く、罪滅ぼしという観点でもルイナ達が既にやっているのだという。


 合理的に見れば、今回の実験で起きた被害よりも、彼女達が罪滅ぼしとして行った活動の方が遥かに影響力が大きいのだろう。その声は既に前世の頃から届いており、ルイナは当代の大賢者と呼ばれ、アルノは魔物が常に溢れるとされる危険な古代遺跡を幾つも攻略し、シズは国外から襲ってくる獣人達を退けている。


 彼女達以上に社会へ貢献する・・・・・・もしくは罪を償う事は不可能だ。そうなれば、タクマが出来る事は?と考えてみると、今、タクマに出来る事はこれ以上、一般的な倫理観から外れた彼女達を自らの一生を掛けて押さえつけ、これ以上被害を増やさない事だろうと思った。


 その間に、償う方法だとか考えていけばいい・・・・・・そんな事を思っていると、まだ赤ん坊であるのに頭をフルで使った為、タクマの身体は眠気を訴え始め、抗えない睡魔となって襲ってきた。


 そしてその本能のままに瞼を閉じようとしたところで、タクマの様子に気がついたルイナは微笑みながらこう語った。


「これからもよろしくね?お父さん」




 ―――――ただ、この言葉はさらなる波乱の幕開けの合図でもあった。








 元奴隷のエルフ三姉妹から迫られる義父転生者のお話 ―完―





 ※この後、近況ノートにて今後の予定、物語の顛末や裏話的な設定について書きます。良ければ読んでみて下さい。






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元奴隷のエルフ三姉妹から迫られる義父転生者のお話 青葉 @direl

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