第46話 三度目の人生

(――――――また、転生したのか・・・・・・)


 目は見えない、耳も聞こえない、一度は暗転した意識が朧気に再浮上したことによって、俺はまた転生したのだと分かった。


 身体も上手く動かせないが、手や足があることから生まれ変わったのはまた人間なのだろう、二度あることは三度ある・・・・・・次はどの世界に生まれ変わったのかは分からないが、動物や虫に転生しなかっただけ幸運だとタクマは思った。


(胸?あぁ、赤ん坊だからか)


 意識が覚醒するとそのまま口に柔らかな物がくっつけられる。そこから滲み出るのは暖かな液体、優しく甘い香りにタクマは本能で吸い付いた。


 普通では恥ずかしいハズの行いでも、赤ん坊としての本能や五感の殆どが遮られている事もあり、そこまで拒否感は無い、寧ろ飲まねば死にかねないので生きるためにも必要な行いだと割り切っていた。


(・・・・・・良いところに生まれ変わったのかな?)


 お腹も満たされると、生まれ変わったタクマの身体は睡眠を取るように訴えてくる。強烈な眠気が覚醒した意識を靄で覆い、抵抗する暇もなく眠りについた。






「ふふっ、可愛い」

「やっぱりお父さんの面影があるね~」


 母乳を与えていたフローリエから赤ん坊のタクマを受け取り、ルイナは大事そうに両手で抱えてゆっくりと身体を揺らすようにあやす。


 ルイナ達が行った儀式は無事成功し、タクマの魂はしっかりとハイエルフの男児に定着し、容態も安定している。


 顔立ちもまだ赤ん坊なのでハッキリとは分からないが、ハイエルフの種族的特徴を除けば、何処となくタクマの面影を感じる顔立ちをしている気がした。それもそのはずで、血の半分はタクマから引き継がれているので当たり前なのだが。


 タクマを抱きかかえるルイナと一緒に、アルノがすやすやと眠るタクマの顔を覗いていた。その光景だけを見ればとても幸せそうな家族のワンシーンにも思えるが、そこまでに至る過程は外法と呼ばれる。一般的な倫理観から大きく外れた恐ろしい儀式の数々が行われていた。


 それでも、三姉妹は愛すべき父をこの世に留め、新たな生命として生まれ変わらせた・・・・・・本当であれば、不死の身体を用意しそれを器とさせたかったのだが、現状では母胎を使った魂の入れ替えが最も安全で現実的な案だったので、仕方なくこの様な形となった。


 ただ次の儀式までには人間の寿命とは比較にならないほどの、とても長い余裕がある。寧ろ、先に死ぬのは三姉妹達であり、それまでの間に不死の身体を人工的に作り上げられる・・・・・・と、ルイナは確信していた。


 一方のシズは、現在スカフィージャ辺境伯に駆り出されて、越境して来た獣人族を相手にしている。既に目的を果たした三姉妹達にとって、実験用の獣人の素体も、辺境伯お気に入りの騎士という特別な立場も必要ないが、縁というのは時として強力な力を生み出すことを知っていた。


 なのでルイナもアルノもシズも、未だ他人との関わりを持っている。冒険者であり身軽である立場のアルノはまだしも、教員であるルイナは育児休暇を貰っている立場のため、後数年もすれば一度学校の方へ戻らなければならない。


 非常に面倒くさいが、必要な事だと割り切って、新たに生まれ変わった父を抱き、今の幸せを噛みしめることにした。









(―――――――どういう事だ?)


 一度、体験したから再び記憶を保持して転生するのは分かる。


 赤ん坊の身体だと気がついた時には、最初転生した時と違いそこまで狼狽えなかったし、合法的な赤ちゃんプレイだって多少の抵抗感はあれど受け容れる事は出来る。


 ただ――――――


「おはようございます。旦那様」


 恐ろしい、と表現するには些か不適切な言葉ではあるが、整いすぎた顔立ちをした美少女が顔を覗いてニコリと小さく微笑んだ。


 その少女は男や女問わずに惑わす。魔性の妖しさを孕んでおり、その顔でニコリと少しでも微笑まれたら、どんな朴念仁であっても、その一瞬で魅了され、彼女を支えるために大切な一生を捧げかねない、人の一生を狂わせる美貌がそこにあった。


 ・・・・・・ただ、自分はその少女を知っていた。


「う......ぁ......」


 口を開けて声を出そうとしてみるものの、ちゃんとした声を発する事が出来ない。


 何故、フローリエ、君が居るんだ?と疑問を投げかけようにもしっかりした言葉を発せないので、彼女と意思疎通が出来ない。


「フフッ」


 何がそんなに機嫌が良いのか、ニコニコと笑みを浮かべて、身体をゆっくりと揺らす。旦那様、と言ったことから自分のことをタクマだと認識しているのは間違いないだろうが、その対応は赤ん坊に対するソレと変わりない。


 聞いたことのない、でも何処か心地よい鼻歌を奏でながら、フローリエはポンポンとリズムよく軽く叩きながら世話をしてくれる。


 自分とフローリエが居る場所は、やはり前世の記憶にある三姉妹と共に住んでいた我が家だ。日当たりの良いリビングで自分はフローリエに抱き抱えられる形であやされているという事になる。


「旦那様とお姉様方にはとても感謝しております。出会いは急でしたが、フローリエは今の生活に大変満足しています」


 穏やかな日常、季節は丁度秋~冬頃だろうか?ちらりと窓の外を見てみると、庭には落ち葉が舞い、寒い季節特有の斑状の雲が空を覆い、強い風が窓にぶつかりカタカタと音を鳴らしている。


 ただ家の中は暖かく、とても過ごしやすい環境となっている。広々とした室内には自分とフローリエの二人だけであり、同じメイドのリブラや三姉妹の姿は見つからない。


 他の皆はどうしたんだ?そんな事を考えていると、鼻歌を口ずさんでいたフローリエは、そんな自分の疑問に答えるかのように、自身の過去について話し始めた。


 それはルイナ達三姉妹との出会い、窮屈だった前の生活、そして満足している今の生活。色々と場面が代わり聞きたいことは多くあったが、総じて分かるのは彼女は今の生活に感謝しており、自分と三姉妹に感謝しているという事だった。


「旦那様は今の状況について色々と聞きたい事が山程あると思います・・・・・・ですが、詳細は私の口から離すことは出来ません、後一週間もすればお姉様方がご帰宅なされますので、それまでご容赦を・・・・・・」


 フローリエはそう語ると、先程口ずさんでいた鼻歌とはまた違う歌を口ずさみながら、ゆっくりと身体を揺らし始めた。



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