第45話 魂の入れ替え
「体調は?」
「問題ありません、ルイナ様」
白く濁った水晶と二対の剣が入った箱を片手に、ルイナは手術台の上で横になっているフローリエに話しかけた。
明るい照明がフローリエを照らし、傍にはアルノとリブラが控えている。
「・・・・・・成功した?」
「えぇ、問題なく」
心配そうな表情を浮かべていたアルノは、ルイナの返事を聞いてホッと息を吐き、胸を撫で下ろした。
「・・・・・・やはり、ハイエルフが人の子を孕んでもハイエルフで生まれてくるのね・・・・・・不思議だわ」
「男だとエルフなんだよね?何時か解明してみたいね」
サンディアーノ王国の元第三王女であるフローリエは、ルイナ達と違いエルフの王族であるハイエルフと呼ばれる種族だ。
彼女達は約二千年という悠久の時を生き、魔法に長けたエルフよりも更に優れた魔法の才能を保有し、精霊の声が聞こえるそうだ。
そんな彼女達の特筆すべき種族特性に、ハイエルフの女が人間の子を孕むと、血が半分だけ混じったハーフエルフやエルフ出はなく、同じハイエルフの子が生まれるというと特性がある。
過去に、人間の女との間に子供を作ったハイエルフの男が居たそうなのだが、その際に生まれてきた子供はハーフエルフでは無く、エルフの子供だったという。
ただハイエルフの女は、エルフの女以上に受胎しにくいと言われており、実際に人体を知り尽くしているルイナが外科手術を行わなければ、何十年とやっても受精しなかっただろう。
なので、ハイエルフの女が人の子を孕むと、ハイエルフの子を授かる・・・・・・というのは、ルイナ達以外この世で知る者は居ないだろう。
ただハイエルフの男と人間の女との間にエルフの子を授かった・・・・・・という話は、厳重に秘匿されてきた歴史であり、ハイエルフと人間が交わった・・・・・・というのはある意味黒歴史にも近く、一般人では到底知り得ない情報だ。
「まさか、女のハイエルフだとその赤子もハイエルフになるなんて思いもしなかったけど、ある意味幸運だわ」
「・・・・・・でも複雑なんだよねぇ、幾ら魂を入れ替えるとはいえ、お父さんの子種を使うのはさ」
最初の計画では、三姉妹の内の誰かがタクマの子を孕み、その子供にタクマの魂を入れ替えるという予定だったのだが、南部貴族を束ねる大貴族・スカフィージャ辺境伯の騎士となり、貴族社会に潜り込んだシズが、ハイエルフの特性を聞きつけて急遽計画が変更となった。
「仕方ないじゃない、私達が産めばその子はハーフエルフ、たった二百年ぐらいしか生きられないわ」
「血の呪いもあるしねぇ・・・・・・」
そこでアルノが偵察し、シズが単身で王城へ襲撃し、まだ未婚のハイエルフの姫を奪った。その際に面白そうな才能を秘めた騎士が居たのでついでに拾ってきたそうだが、シズの発見によって三姉妹の計画は更に上を目指せる様になった。
幾ら世界で一番尊い種族と言われるハイエルフとはいえ、父との子を孕ませることに抵抗があったが、その子供の寿命が十倍近く変わるとなれば、幾ら三姉妹であっても後者を選ぶ。
最初は伝説通りにエルフの子供が生まれると予想していたのだが、いざタクマの子を孕んだ母胎を魔力で確認してみると、その魔力はフローリエに似たハイエルフ特有の魔力だった。
・・・・・・加えて、アルノと同じ様に何やら特別な魔法を秘めているようだ。
とはいえ、父タクマがまだ若い頃に密かに採取した子種にストックの余裕もないので、優れた適性を持った赤ん坊が生まれてくるまで選別する・・・・・・なんて事はしない。
ルイナ達からすれば、才能があろうが無かろうが、父かそれ以外でしか判断出来ないので意味がない。正直言えば、才能が無い方が有り難いという気持ちすらある。
「さて、最後の儀式よ」
「大丈夫、貴方はこれからも私達に必要だから、特別に私が創った植物を使用してあげる」
手術台に乗るフローリエの両脇にルイナとアルノはそれぞれ立ち、ルイナは先程と同じ様に無色透明の水晶がはめ込まれた黒い剣を手に持ち、アルノは異空間から虹色に輝く綺麗な花びらを取り出した。
「まずは子の命を抜き取るわ・・・・・・アル」
「はいよ」
虹色の花びらをフローリエの鼻元に近づけると、少し緊張した面持ちで二人を見ていたフローリエは、そのまま安らかな寝息と共に意識を失う。
「問題ないよ」
閉じた目を無理やり開けて、完全に意識を失っているかアルノが確認し、問題ないと報告すると、ルイナは透明な水晶がはめ込まれた黒い剣を突き刺し、フローリエの母胎に居る赤ん坊へ到達する。
特殊な魔力波を読み取って、まだ小さな果実ぐらいの大きさの胎児へ見事に剣先を突き刺す。
それと同時に強力な回復魔法を流し込み、母子共に死なないよう注意を払う。
「全て抜き取れてるよ、お姉ちゃん」
「分かった。このまま続けるわ」
そして透明な水晶が白く濁ったのを確認すると、ルイナはそのまま一気に剣を抜いた。
そして抜き取った赤子の魂が入った水晶を、ルイナは何の感情も浮かべずにそのまま砕いた。パキリ、と割れる音と共にその割れた部分から煙のような白い靄が漏れ出てそのまま霧散していった。
「はい、白い剣」
反対側で準備を行っていたアルノは、そのまま黒い剣の対となる白い剣を取り出しルイナに渡す。
その柄頭には、先程ルイナが抜き取ったタクマの魂が入った水晶がはめ込まれており、黒い剣は独自にルイナが改良したパスティールの儀礼短剣であり、本来は神に生贄を捧げる際に使用する魂を昇華させる短剣なのだが、ルイナが改良したことによって、その能力は身体に突き刺した相手の魂を抜き取る専用の短剣となった。
逆に白い剣は、完全なオリジナルの生み出した短剣で、魂のない状態の身体に装着した水晶に込められた魂を注入する専用の短剣だ。
ただ欠点なのが、幾ら魂を抜き取った身体といえども、身体と魂に親和性が無いと拒絶反応を起こして魂が剥がれてしまうという事。全く赤の他人・・・・・・それも違う種族だとその拒絶反応は大きく、血の繋がりがある身体だと親和性は高くなるという結果が出ている。
そこで色々と試行錯誤を繰り返したルイナ達三姉妹は、異なる種族であり拒絶反応が大きいと思われるエルフの身体にタクマの血を混ぜようと考えた。つまり、タクマの血が半分入ったハーフエルフの子供に魂を入れ替えて親和性を高めようと画策した。
実際はハーフエルフではなく、ハイエルフが出来てしまったのだが・・・・・・寿命が伸びる分には問題が無いのでこのまま進めている。
事前に行った拒絶反応の検査でも問題ないと結果が出ていたので、万が一にも心配は無いはずだが、それでもルイナとアルノの表情には心配の感情が見て取れた。
そして先程と同じ要領でフローリエの母胎に白い剣を突き刺し、次は逆に水晶に込められたタクマの魂を注入する。
スッと流れ込むように消えていった白い靄を確認してルイナは覚悟を決めた。ここまで来ると後戻りは出来ないので、拒絶反応が出ないように逐一フローリエとその赤子を見守る必要があった。
「・・・・・・終わったわ、後は魂の定着を確認するだけ」
「お疲れ様、リブラ・・・・・・何か飲み物を」
時間にして経った十数分の短い出来事ではあったが、ルイナとアルノの額には大量の汗が滲んでいた。
はぁはぁと荒く肩で息をする姉のルイナを見て、アルノは傍に控えていたリブラに飲み物を持ってくるよう指示を出して片付けを始める。
そして微かに気配が変化した母胎の中身を見て、アルノはフッとまるで女神が浮かべる慈愛の笑みのように微笑みながらこう告げた。
「また会えるよ、お父さん」
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