第三章 強欲な三人の魔女
第44話 父の死と儀式
最愛の父が死んだ。
ルイナはベッドに横たわる父の手を両手で握りながら、命の灯火が今消えてしまった事を感じ取り、その事実が心に染み込むと無意識のうちにツゥーと頬を伝うように静かに涙を流した。
悲しい、寂しい、辛い、今まで感じたことのない感情がルイナの心に生まれ、行かないで・・・・・・と、まるで何処か遠くへ行ってしまう両親に縋る子供のような気持ちを抱いたのは、これまで歩んできたルイナの人生の中で初めてのことだ。
それはルイナだけでなく、傍に居たアルノもシズも同じだった。アルノはルイナと同じ様にもう片方の空いた父の手を握り、シズに至っては首元に抱きついて肩を震わせて泣いている。
それでも世界は続いていく、ルイナ達にとって一番大切な人が亡くなった日だというのに、家の外に居る鳥たちは関係なさそうに鳴いていた。
『キュッ!?』
そんな小鳥の囀りさえ煩わしく感じたルイナは、窓越しから木に留まる鳥達を凝視して、空間を操り、物理的に小鳥達をぐしゃりと潰す。
か細い鳴き声の後にまるで果実が潰れたように木の細枝にはポタポタと真っ赤な血が滴り落ちて、異変に気がついた仲間の小鳥たちはそのまま羽ばたいていなくなった。
「・・・・・・やるわよ」
今まで感じたことのない感情に戸惑いつつも、ルイナは頬を伝っていた涙を拭いて、ドア前に控えていたフローリエとリブラに指示を出す。
「アルは儀式の用意を、シズは私の補佐をして」
「分かった」「うん」
ルイナの言葉に妹二人は短く返事をすると、それぞれルイナの指示に合わせて迅速に動き始めた。
フローリエとリブラはタクマの私室から離れ、彼女達はそれぞれ与えられた命令に従い準備を始める。
「ごめんね、お父さん」
涙を拭き、その場に立ち上がったルイナは傍に置いていた木の箱の蓋を開けて、純白の長い布を取り出す。
スルスルと箱内で綺麗に畳まれていた布を手に掴み、そっとタクマの亡骸の背中から手を回すように布を通し巻きつける。
その様子は、包帯をぐるぐる巻きにされた患者やミイラのようで、足先から頭上まで顔を覆い隠すように巻き付けた。
「カリオスの聖骸布・・・・・・よく見つけてきたわね」
「アルが一番手に入れるのに苦労したんだって、北部の貴族の屋敷から手に入れたみたい」
カリオスの聖骸布は、大昔に実在した聖人カリオスと呼ばれる人間の男が死んだ際に彼の弟子達によって巻かれた布の事を指す。
聖人、と呼ばれるだけあって、アルノと同じ様にカリオスも特別な光魔法を所有しており、アルノが特別な風魔法である自然魔法を使えるように、カリオスも光魔法の上位存在と呼べる魔法を習得していたようだ。
「・・・・・・これが聖なる気、カリオスの聖魔法の残滓」
「確かにシズの光魔法とは少し違うわね」
そんなカリオスの聖骸布は、特殊な聖なる魔力を帯びており、数千年という長い間、亡くなった遺体は腐敗せずに綺麗な状態のまま保っている。
これからルイナ達が行う幾つかの儀式において、この聖骸布が直接的な関わりを持つ可能性は少ないが、万が一、この後に行う予定の儀式が失敗した際の保険として用意した。
そんな特級クラスの聖遺物をアルノは王国を飛び回って探し出したそうだ。
「ゆっくりしていられないわ、早速始めましょう」
「うん」
伝説に違わぬ光魔法とは明らかに異なる特殊な魔力を感じ取り、ルイナは己の研究者魂が少し擽られるものの、コレの研究は今後いつでも出来る。
ただ今は一刻を争う事態であり、物事を迅速に進めなければいけない、何度も実験を繰り返し、幾つものセーフティーネットを張っているとはいえ、一つでも間違えれば取り返しがつかない事になる。
ルイナの言葉にシズは短く返事をして、厳重に保管された箱から二対の針の様に細長い剣を取り出す。
一見すると指揮棒のように、細長くすぐにでも折れてしまいそうではあるが、この二対の剣はそれぞれ特殊な金属で出来ており、見た目以上に丈夫だ。
白と黒の針のような特徴的な刀身にとは裏腹に、二対の剣は無骨なデザインをしており、パッと見だと全く飾り気がない。
ただこの二対の剣の特殊な部分として、柄頭の部分には何かをはめ込む事が出来るような装置が付けられており、シズはこの二対の剣を取り出すと状態を再確認して、また別の箱から無色透明な丸い水晶を取り出す。
ガコン、と二対の剣の片割れである黒い剣の柄頭に透明な水晶をはめ込み、不備が無いか確認したところで、シズは集中力を極限まで高めている姉のルイナに手渡した。
「いくわよ」
何度と繰り返した詠唱を唱えながら、ルイナは黒い剣に魔力を込める。
あまりにも高密度の魔力のせいで、黒い剣はブレるように残像現象を引き起こし、キーンと甲高い金属音が周囲に鳴り響く。
「少し痛いけど、我慢してね・・・・・・お父さん」
準備を整えたルイナは、そのまま剣を逆手に持ち、剣先を聖骸布に包まれたタクマの胸元に照準を合わせる。
そしてルイナは一言父に謝ると、そのままズッと、黒い剣をタクマの胸元に突き刺し、鍔の部分がタクマの胸元に合わさるまで深く突き刺した。
「うん、成功よ」
ルイナがタクマの胸元に黒い剣を突き刺して数秒後、無色透明な水晶は白く濁り始め、まるで靄が掛かるように白く染まった。
その変化を見たルイナはホッと息を吐いて、最初の儀式が無事終了した事を確認し、そのまま剣を抜いて、回復魔法で刺した傷口を修復する。
「シズはお父さんの遺体を霊安室に移送して、私はそのままアルの所に行くわ」
「分かった」
ただ儀式はこれで終わりではない、1つ目の儀式を終えたルイナは大切な水晶を保管し、二対の剣が収められた箱と一緒に部屋を出る。
残ったシズは父の遺体を研究棟の地下へ運ぶべく、お姫様抱っこの要領でそのままタクマを両手に抱えてその場を後にした。
そうして誰もいなくなった部屋には、暖かな春風が窓の外から静かに吹いていた。
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