第43話 タクマの独白
(・・・・・・遂にこの時が来たか)
大病を患う事無く、タクマは60歳を迎えた。
この世界において、60歳というのはいつ死んでもおかしくない年齢であり、エルフやそのハーフエルフといった一部の長命な獣人族を除けば、等しく死がやってくる・・・・・・たまに100歳近く生きる人間もいるそうだが、それは例外中の例外であり、タクマも他に漏れず自身の死期が直ぐ側までやって来ている事を実感していた。
「お父さん・・・・・・」
娘三人にメイドが二人、生活に困ること無く穏やかに余生を過ごせた者は前世の平和な世界を含めてもそう多くは無いだろう。
裕福なハズの豪商や貴族ですら、老後は権力争いなどで満足いく余生を過ごせるとは限らないので、その点で関してみれば、タクマはかなり幸せな人生を送ったと言える。
いつも使用している私室と違い、今タクマが横になっている場所は日当たりも良く風通しも良い家の中でも一等地と呼べる場所だ。
オーダーメイドで特注した巨大でふかふかなベッドの周りには、ルイナ、アルノ、シズの三人が囲み、その後ろにはフローリエとリブラが控えている。
息も浅く、身体を起こすことすらままならない状態のタクマの隣には既に死神が待機しており、何時あの世へ召されてもおかしくない状況だった。
(走馬灯・・・・・・か?)
それでもタクマの体調はすこぶる良かった。死の恐怖も勿論あるのだが、部屋に焚かれているお香のお陰か、精神状態はとても良く、息が浅いとはいえ、息苦しさは感じない。
ギュッと手を握ってくれるルイナの手の感触を感じながら、ぼやける視界にはアルノとシズが心配そうな表情でタクマの顔を覗く姿が映っている。
「ルイナ、アルノ、シズ・・・・・・君たちに出会えて僕は幸せだったよ」
喋ることすら億劫ではあるが、今喋らないともう二度と喋れない気がしたので、タクマはなんとか口を開いて語り始める。
三姉妹と初めて会った時の事、人間とエルフという種族の違いで色々と悩んだ事。
色々と苦悩はあったが、それでもルイナ達に会えて良かったと、それまで何度も聞かせてきた話をタクマはもう一度、彼女達に語った。
三姉妹は、自分に言えない秘密がある・・・・・・それは一緒に生活していく内に何となく気がついていた。
流石に何十年という長い時間を一緒に過ごせば、流石のタクマでも、彼女達が一般人とは違った考え方を持っているのは既に知っており、それが倫理的に良くない物だというのは分かっていた。
元々、長女のルイナや三女のシズは、他人を顧みない性格をしていたのも分かっていたし、人付き合いの良さそうなアルノだって、普段の生活から何処か陰があり、本当はルイナ達と同じ様に他人に対して興味が無いんじゃないか?とタクマは思っている。
それでも、タクマが心配しないように、本当の気持ちを偽って、良い子を演じているアルノに対して、タクマは謝罪の言葉を述べた。
「ルイナもシズも、本当はずっと家に居たかったんじゃないのかな? 僕が君たちの将来を心配しちゃったから、無理しちゃったんじゃないかな?」
「そんな事ッ―――――!!」
昔と違って、ルイナ達は大手を振って街を出歩く事が出来るようになった。
幾ら、国交が正常化したとはいえ、エルフが人間の街を出歩くのは不可能だ。何かしらの事件に巻き込まれるのは間違いなく、非合法な人攫い達に襲われる可能性だってある。
ただ今では、街で買い物も出来るし、仕事に就く事だって可能だ。
実際にルイナは魔法学校の先生を、アルノは最高位の冒険者となり、シズに至っては南部に住む人々から英雄と呼ばれる騎士だ。
皆がそれぞれ立派な仕事に就いたのだが、タクマはずっと彼女達に無理させた結果じゃないか?と考えていた。
元々、人付き合いを必要としない姉妹達だ。生活するだけなら自らの力で何とかなるし、タクマが居なければ自然と森の奥でひっそりと隠遁生活を送るようなタイプだと思った。
それをタクマが無理やり社会に関わる生活を強いたのでは無いかと。
とても家族愛の強い彼女達だ。本当は家に残って静かに生活したいはずだと。
「ごめんね、僕のことは気にせずに自由に生きて欲しい」
タクマはそう小さく謝罪の言葉を述べると、そのまま口を閉じた。死に際にしては相応しくない言葉を掛けてしまったが、それでもタクマの余計な心配に囚われずに生きて欲しかったので動かない口を無理やり動かして語った。
自分らしく生きて欲しい・・・・・・と。
(・・・・・・あぁ、身体が冷たくなってきた)
自身の思いの丈を打ち明けたと同時に、タクマは朧気な意識の中で急速に身体の熱が抜けていくのを感じた。
それは足先から冷たい水に浸かるように、重く冷たい、今までに感じたことのない感覚だった。
(濡れてる・・・・・・?泣いているのか?)
それでもタクマの両手をギュッと握る三姉妹の手の感触はハッキリと分かり、目を開けて確認することは出来ないが、その握っている手が濡れている感触があった。
(――――――――)
それに対し、タクマは何かしらの言葉を掛けて上げたかったが、既に言葉を発する力は残っておらず。足先から伸びてきた冷たい水のような得体のしれないナニカは、タクマの全身を包み込み、口を塞いだ。
そのまま水中に引きずり込まれるように、タクマの意識は暗闇へと沈んでいき――――――――
――――――――そして、タクマは二度と意識を覚醒させること無く死んだ。
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