第42話 穏やかな余生

 フローリエとリブラの二人は、三姉妹たちと上手く付き合っているようだ。


 義父であるタクマ自身、ルイナたち三姉妹の性格が普通だとは思っていない、家族愛が強いといえば聞こえは良いが、基本的に三姉妹は他人に対して興味がない。


 普通の人間であれば、孤独というのは耐え難いし、厳しいこの世界を立った一人で生き抜くことは困難だ。


 なので人もエルフも社会を形成して、協力し合いながら生きていくものなのだが、三姉妹はなまじ才能が有り余っているので、全て一人で賄うことが可能だった。


 労働力もゴーレムを作成すれば事足りるし、掃除洗濯といった家事全般は勿論、料理を作ることだって得意だ。


 荒事に関しては寧ろ心配する事の方が無駄であり、エルフである三姉妹は肉を食べないものの、人間であるタクマのために定期的に森へ入っては大きなイノシシや鹿といった動物を狩ったりしていることから、狩猟も出来る。


 タクマはそんな三姉妹が不安だった。自分が死んだ後、彼女たちはそのまま社会から離れて生活するんじゃないかと思っていたのだが、サンディアーノ王国へやって来てからはルイナは学校の教師を、アルノは冒険者となり、シズはタクマ達が住む土地の領主に仕える騎士となった。


 今でこそタクマの世話をするために帰郷しているのだが、タクマが死んだ後でも三姉妹は他人と関わりを持つ仕事に就いたことによって少し安心していた。


 加えて、ルイナは教え子を連れてきて色々と研究の手伝いをさせているみたいだ。


(・・・・・・・・・)


 植物に詳しいアルノが手掛けた庭先に咲く美しい花畑を見ながら、タクマはボーっと三姉妹と二人のメイドについて考えていた。


 タクマは既に50代半ばに入っており、前世であればまだ働き盛りではあるのだが、この世界はどうも老化が早く進むらしく、50代半ばであっても見た目は既にお爺ちゃんとなっていた。


 それでもタクマは大病も患わずに、今も健康に過ごしている。回復魔法や医術にも長けるルイナの定期検診によって、タクマは老衰以外では死なない、というちょっと複雑な気持ちになる診断結果を貰っていた。


 自分の寿命は持って後数年・・・・・・ルイナは明言こそしないものの、普段の話し方から何となくタクマにも分かっていた。


 最近では昔のように広いリビングで布団を敷いて一緒に眠ることもある。老いて尚、娘と一緒に眠るというのも恥ずかしさがあるのだが、三姉妹を置いて先立つ申し訳無さもあり、彼女たちの希望をなるべく叶えたいと思っていた。


「どうしたの、ボーッとして」

「シズ?」


 少ししんみりした気持ちになっていたタクマに話しかけてきたのは、少し汗を滲ませたシズだった。


「随分と大きくなったね」

「? うん、今じゃお父さんと同じぐらい」


 小さい頃は三姉妹の中で一番背の低かったシズは、今ではタクマと同じぐらいまで背が伸びていた。


 それでも三姉妹の中では一番小さく、身長が一番高いのはアルノであり、次にルイナになるが、ルイナとシズの身長はそこまで変わらない。


 ただ・・・・・・


「痛いよ」

「えっち、私の胸を見ていた」


 そんな風に身長が伸びたシズではあるが、上二人の姉と違い、胸部に関しては慎ましいままになっている。

 それでもスラリと伸びる長い足は、まさにモデルと言わんばかりの見事なスタイルをしている。それに比較対象のルイナが育ちすぎているだけであり、シズも平均ぐらいにはある。


 三姉妹でも成長の仕方は違うんだな・・・・・・と、決して下衆な感情を抱いたわけではないのだが、少しデリカシーに欠けた考えを巡らせていたタクマの頬をシズは優しく抓る。


 半目でジトーっとタクマの顔を覗いており、同時にニコリと微笑むように小さく笑みを浮かべた。


「シズは何をしていたの?」

「弓の練習してた」


 縁側に腰を下ろし、庭を眺めていたタクマの横に座ったシズは、タクマの問いに対して短く答える。


「弓か、やっぱり辺境伯のところで?」

「・・・・・・・・・そう?」


 なんで疑問形?と思いつつも、向上心がある事は良いことだ。幸いにも弓の名手が同じ家族内に居るので、先生には困らないだろう。


「多分、来年辺りに獣人達が攻めてくると思う」

「そうなの?だから弓を練習してたんだ」


 タクマたちが住むサンディアーノ王国の南には、多種多様な獣人達が住む国がある。

 彼らを一言で表すのなら、国単位で行われている蠱毒と言うべきか、彼らが住まう土地は荒れ果てており、数少ない資源を巡って同じ獣人同士で争っていると聞いていた。


 元々、タクマは交易商をやっていたこともあり、獣人の国であるパラスタ連邦の国情はそれなりに知っている。


「でもここに居て大丈夫?勿論、シズが居てくれるのは嬉しいんだけどさ」

「・・・・・・私にとって今が一番大事、攻めてくるといってもそんな大規模じゃない、私が数年前に痛い目に合わせたから」


 シズが数年前に侵攻してきた獣人たちに壊滅的な打撃を与えたことは、タクマも風の噂で知っていた。


 その年のパラスタ連邦は大飢饉に陥っており、王国内でも食料やエルフを求めて襲ってくるだろうという噂は既に存在していた。


 そんな噂に対して、南部を取りまとめるスカフィージャ辺境伯は、シズをトップに据えた騎士団を新設して、これら獣人を迎え討つ準備を既にしていたのだという。


 結果として、シズは例年よりも数の多い獣人たち侵略軍を殲滅し、王国南部では誰もが知る英雄となった。


 その名は既に王都にも届き、闇の騎士事件と呼ばれる大事件によって半壊した王都騎士団を立て直す柱として、王都騎士団のトップである第一騎士団の団長として勧誘されたという噂もある。


「シズが一軍を指揮する騎士様かぁ・・・・・・」

「ん~」


 縁側に座っていたシズは、何か言うわけでもなくコテンとタクマの膝の上に頭を乗せて眠り始める。


 背も伸び、凛々しい女性へと成長したシズではあるが、相変わらずの甘えん坊っぷりに、タクマは変わらないな・・・・・・と内心で呟きながらゆっくりと優しくシズの頭を撫で続けた。


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