第41話 闇の騎士
何も変哲もない日常を過ごしていたある日、エルフの国・サンディアーノにて一つの大事件が起こった。
それまで、賊一匹とも通さなかった鉄壁を誇る王城・サンディアーノにて、一人の漆黒の騎士が王城を襲撃し、尊きハイエルフの姫君を一人連れ去ったのだ。
その下手人は、数百と言う数の警備兵が控えている表門から堂々と、まるで忘れ物を取りに来るかのように訪れ、声を掛けた門を守っている警備兵を吹き飛ばし、分厚い鉄扉を斬り伏せものの数分で突破した。
その瞬間、数千年という長い歴史の中で、それまで聞いたことのない最大レベルの警報が王都中に鳴り響き、その警報を聞いて驚きつつも王都を護る国の最高戦力である騎士団がたった数分の間に王城へ集まり、その侵入者を誅罰せんと現場へ急行した。
それでも結果は散々たるもので、まるで黒竜を模した禍々しい黒の鎧を着込む騎士の実力は圧倒的であり、戦いを挑んだサンディアーノ騎士団の第一、第三、第四の騎士団長を再起不能レベルまで身体を破壊され、まるで良いものを見つけた、と言わんばかりに、第七騎士団長はハイエルフの姫君と一緒に王都から連れ去られた。
王城を襲撃し、姫を連れ去るまでに掛かった時間は経った1時間程度、その間に生まれた重軽傷者の数は延べ2000人を超え、あらゆる防衛魔術が破壊され、王城・サンディアーノを囲う5つの塔の内、2つが戦いの余波によって倒壊した。
正しく完敗、警備体制に不備はなく、サンディアーノを守護する騎士団もハイエルフの姫が襲撃者に連れ去られる前に到着し戦闘に入ったのだが、それら全てを圧倒的な力によって叩き伏せられてしまった。
丁度その時、王都の外に出ていた第二騎士団は報告を受けて周囲を探索するも襲撃者の姿や痕跡は無く、連れ去られたハイエルフの姫と第七騎士団長の行方は今も不明となっていた。
「これは災厄なのか・・・・・・?」
半壊した王城を見て、国王サンディアーノ4世はその場で崩れ落ち、王城を襲撃した騎士を闇の騎士、もしくは災厄の騎士として王国全土にお触れを出した。
その内容は、漆黒の鎧を着た騎士が居た場合、下手な刺激を与えずに国へ報告するようにというもの・・・・・・王国は先の被害から考えて、闇の騎士には決して敵わないと悟り、敵討ちではなく一つの災害として警戒することに決めた。
そんな闇の騎士を発見しただけでも、数年遊んで暮らせる程の大金が王国全土のギルドを通じて提示されたため、一時期はこの闇の騎士を探す冒険者が増えたという。
ただ、それでも王城を襲った闇の騎士は見つからず、数年が経った今も攫われたハイエルフの姫や第七騎士団長は見つかっていない・・・・・・・・・
今年で50歳を迎えたタクマは、何時ものように小説を執筆していた。
数年前と違い、それぞれ交代する形で家を出ていた三姉妹は今ではずっと家におり、そろそろ身体の自由が利かなくなってきたタクマの事を心配してなのか、世甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
そんな彼女たちに申し訳無さを思いつつも、色々と遠慮を言うと倍以上の言葉といつも以上の世話焼きが返ってくるので、タクマは大人しく幸せを噛み締めながら生活をしていた。
アルノと協力して制作した小説『幻想戦記』は、南部を中心にして人気を博し、今では最初のターゲット層であった貴族や商人だけではなく、魔法学校の学生や冒険者にも広く普及して、今では第4巻まで刊行されている。
原本となるオリジナルは、アルノが一から手作りで作成しており、ルイナが開発した保護魔法で大切に保管されている。そこから少し簡素化された第一版は主に南部の権力者向けに高値で配布され、そこから文字だけの印刷が施された第二版が市場に多く出回っていた。
今では海賊版のような、第三者が勝手に写しを作った物も出回っていたりするそうだが、これら商売を纏めるルイナ曰く、王国全土に広める為にはそれらの勢力も必要だと語り、静観していた。
作者であるタクマは特に思うことはなく、老後の暇つぶしとしては最適な執筆活動によって、割と楽しい余生を過ごしている。
「お父さん、この子達が今日から家で働くメイド達になります」
「「よろしくお願いします!!」」
そんな和やかな日常を過ごしていたタクマの下にルイナの紹介でメイドが二人やって来た。
可愛らしいフリルが施された前世で言うところのアニメや漫画に出てきそうな機能性よりも見た目を重視したメイド服を着た二人は、三姉妹と同じ、エルフの少女である。
見た目だけなら、ルイナよりも少し歳下だろうか?大体中学生や高校生ぐらいのまだ大人とは言い切れない幼い見た目をしており、どうしたの?と聞けば、彼女たちはルイナの下で住み込みで魔法の研究に励むそうだ。
エルフの国・サンディアーノで生活を始めてからそろそろ二十年近くが経つが、ルイナを始めとした三姉妹は王国全土にその名が轟く程の有名人となり、特に長女であるルイナに関しては、魔法使いの枠組みを超えて、賢者と呼ばれる称号を頂いているほどだ。
その為、ルイナを師事したいというエルフは多いそうで、直接家にやってくることは無いにしても、沢山の手紙を貰うようで、ルイナの私室にはそれら大量の手紙が保管されている。
最初の頃はルイナも丁寧に返信していたものの、流石にウンザリしたのか、今では放置しているようだ。
「フローリエと申します。今日からよろしくお願いします。ご主人さま」
「リブラと申します。フローリエと共に今後ともよろしくお願いします」
仰々しい形で自己紹介をするフローリエとリブラの二人は、そのまま頭を下げて挨拶をする。
そんな一つ一つの所作を切り取って見てもどれも品の良いものであり、ルイナ曰く、徹底的に躾けたらしい。
(躾けた――――というのは良くないんじゃないかな?)
相変わらず、ルイナは家族以外の者に対して興味がないというか、扱いが酷い傾向がある。
シズに関しては興味が無いと言わんばかりに基本的に無視するし、二人ともそれで満足している節がある。
「うん、二人ともよろしく」
タクマの書室に訪れた二人に軽く挨拶をする。どちらも人間であるタクマからすれば絶世の美少女たちだ。
フローリエもリブラもそれぞれタイプは違えども、ルイナ達三姉妹に匹敵するほどの美貌を誇っている。今では年齢を重ねて女に対してそういう目で見られないタクマであっても、目を見張る程のものがある。
あまり比較するのはよろしく無いが、メイドの一人であるフローリエはルイナたち三姉妹と対象的な月明かりを彷彿とさせる白銀の綺麗な髪をしており、彼女だけエルフの特徴である長く尖った耳もちょっとだけ長く尖っていたりと、一般的なエルフであるリブラと違った雰囲気を出していた。
タクマはそれを口にすること無く、二人の目を見ながらゆっくりと挨拶した。ルイナが躾けた・・・・・・というには些か言葉が乱暴ではあるものの、お眼鏡に叶ったということは、少なくともタクマのような人間に対して偏見を持つエルフでは無いだろうと思う。
そしてメイドと言いつつも、普段タクマは書室で執筆活動に勤しんでいるが、庭先でボーっと寛いでいるかのどちらかであり、しかも傍には常に三姉妹の誰かが居るので彼女たちの世話になる事はあまり無いだろう・・・・・・とも思っていた。
そんな三人のやり取りを見てルイナは満足したのか、うんうんと小さく数回頷くと、フローリエとリブラの二人を引き連れてタクマの書室から出ていった。
その様子を見たタクマは、ルイナが家族以外に興味を示した事に驚きつつも、何処か得体のしれない違和感を感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます