ジャンクション

ハヤシダノリカズ

ちょっと最後まで読んでみてもらえないかな

 ご無沙汰しております。久しぶりに筆をとります。

 色んな事があってずっと書けないでいたのですが、先日どうにもおかしな出会いがありましてね。これをキッカケに再度書いていこうかと思っている次第です。


 その男性は私よりも随分若く、なのに、その見た目の年齢にそぐわない落ち着きっぷりで私に話しかけてきました。そう、それはとある文化財とされている一軒の家の工事現場で仕事をしていた私が昼食をとりにその現場から離れようとしたその時でした。

「すみません、ハヤシダさんですよね?」見ず知らずの青年に名を呼ばれた私は「えぇ」と答えはしたものの、どうにもその顔に見覚えが無い。どこで会った誰さんだっただろうと一所懸命に記憶を辿りながらだと、どうにも二の句が告げられないものですね。何かを言おうとして何も言えない私に彼は言いました。

「少しだけ、お時間頂けないでしょうか」と。

 正直、訳が分かりませんし、貴重な昼休み時間を見ず知らずの他人に割いてる場合じゃない。工期は決まっているし、今日の仕事をおろそかになんて出来ない。その申し出を受け入れる余裕なんてその時の私には無かったのですが、【名前を知られてる】というその一点は断る事を難しくしたんですね。断ってしまうとどうにも心地悪いといいましょうか。

 それに、その青年の眼差しは真剣そのものでしたし、また、その目には反社会勢力等に関わっている人間のような野卑ながありませんでした。

 それで、「はぁ。まぁ、少しだけなら」なんて言って、私は彼に連れられて、少し離れた所にあった木陰のベンチに行ったんです。


 ここからは、記憶を頼りにその彼との会話を再現してみますね。ベンチに並んで腰かけて話したその内容はとても荒唐無稽で、でも、私なりにそれを咀嚼して理解して、それを今から文字に書き起こす訳ですから、私と彼の話した内容を100%の精度で再現できるとは思いませんが、やってみようと思います。


 ――


「すいません、お忙しいところお時間を頂いて」

「あ、いえ。えっと、こちらこそスミマセン、何処でお会いした何さんだったか、どうにも思い出せないんです……。失礼ですがお名前は?」

「あ、名前!申し訳ありません。失礼しました。私は……佐藤と言います。ハヤシダさんとは初めまして、です」

 私は佐藤と名乗る前のその一拍のに偽名っぽさを感じたのですが、それよりも、私の名前を知っている事と初対面である事の不気味さの方が勝っていました。

「初対面……で、私の顔と名前を知っていて、って怖いです。いったいご用はなんなんですか?」

「えーっと、何から話せばいいのか……」

「なんですか、それ」

 昼休みを割いて時間を作ってる私にそれはあまりにも失礼だ。話す事くらい事前に考えて来いと、私は半ば呆れ顔で彼の顔を見ました。彼は眉間に指をやり、目を瞑っては目を開けて空を見上げては「うーん」と唸っていました。

「この、西暦2023年という現代は、拝金主義と効率主義が幅を利かせている物質文明で出来上がっていると思いませんか?」ひとしきり唸った後で彼が言い出したのはそんな事でした。


「は?」何を言ってるんだコイツ、という思いを隠そうともせず、私はそんな声を上げたと思います。

「ホント、申し訳ありません。こんなややこしい導入になっちゃって」敬語を使い慣れていないその姿に、私は不思議と安心して脱力したものです。

「うん。そうだね。拝金主義と効率主義の物質文明だね、現代は……、っていうか、人類の歴史はそこそこその特徴を昔から持っているようにも思うけどね」まだ若い彼をリラックスさせようと私は話を合わせるように言いました。すると、「それが!いけないんですっ!」青年はこの時大声でこう言いました。続けて「拝金主義と効率主義の物質文明の行きつく先は……っ!」とも。


「ちょ、ちょっと。落ち着いて」なだめるように私は言いました。

「申し訳ありません」彼はすぐに声のトーンを落として私の目をじっと見つめて言いました。「パラレルワールド、世界線、時間遡行……、この辺りの概念をハヤシダさんはご存じだと思いますが、でも、ハヤシダさんご自身が、世界を大きく変える分岐点となるキーマンであると考えた事はありますか?」彼の口から紡ぎ出されるSF用語の数々に面食らいながら、私はきっと目をパチパチとしばたたかせていた事でしょう。『分岐点?キーマン?』と。


「私は未来から来ました。この2023年の日本が天国に見えるくらいに最悪な未来です。そんな地獄の様な毎日の中で、パラレルワールドの観測技術ってのが生まれました。決して干渉は出来ない同時代のパラレルワールド。ただ観測する事しか出来ないパラレルワールド。その観測先は私たちの世界よりももっと酷いものもありましたが、それとは対照的にもの凄く平和で慈愛に満ちた世界もあったんです。そして、その技術は対象の時間を遡って観測する方向に進化していきました。そうなると、研究は世界が悪しき道に逸れたその原因を追究する方向に進みました。【これがキッカケで悪しき方向へ向かった】とか【これがある世界とこれが無い世界ではこう違う】みたいな微に入り細を穿つような沢山のパラレルワールドの比較をひたすらおこなったんです。パラレルワールドって、一人の人間の行動の差異で……、例えば誰かが散歩している中で右へ行けば平穏な日常、左へ行けば事故に遭って死ぬなんて差異で分岐して無限に生まれていくなんてことはなくて、個人の行動で変わる世界線なんてのはある程度収束していくんです。ですから、個人が行動を起こすか起こさないかなんかで世界線がどんどん増えていくなんて事はないんです。でも、ハヤシダさん、あなたは違います。あなたの行動で世界は変わる」

 と、青年は一気にまくし立てました。


「そんなバカな話を信じろと?」私はそう彼に言いました。

「信じられないとは思います。でも、これを信じてもらう為に私は未来からきました。今のあなたはをする可能性としない可能性を同等に秘めている。そして、私はあなたがをしなかった世界線の未来から来たんです」

とは一体……」私の疑問を遮り青年の話は続きました。「拝金主義と効率主義の物質文明の行きつく先はどう転んでも地獄なんです。持っている財産の大きさや経済的な成功こそが人生のゴールで、その金ぴかなステータスを得られない人間に価値など無いという方向へ世界は進む……可能性を多分に含んでいます、この2023年という時代は。もう一方の道の先には克己心と他者へのリスペクトの大きさこそが経済力よりも尊いという世界があるんです。そして、その分岐は、ハヤシダさん、あなたが書くか書かないかにかかっているんです」


 ――


 と、こんなことがありました。

 あまりにも荒唐無稽な話ですし、こんな訳の分からない体験を文字に起こすのはどうにも徒労感が酷いもんです。


 でも、こんな事があったので、私は再び筆を取る事にしたのです。


 あぁ、スミマセン。ここまで書いておいてなんですが、一つ、嘘があります。いえ、嘘を書こうとした訳ではないのですが、になってしまいましたので。


【私の書く小説そのものが世界を分岐させる】【私の書いた小説が人々の価値観を激変させるくらいの影響力をもつ】かのように読めてしまったかも知れません。でも、そうではないのです。


 ここまで書いたこの文章がキッカケとなって、、世界中の人々の価値観を激変させるような小説を書いて世界を平和で慈愛に満ちたものに導く……という事らしいんですね。


 だから、


 ここまで読んでくださったあなた


 この現実世界を救う物語を


 世界中の人々の価値観を激変させて平和に導くような物語を


 どうか、書いてください。


 よろしくお願いします。


 あなたがこれから生み出す物語が、いつか世界を救うのですから。

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