第3話 早見エリカ

 任務終了から一夜明け、時刻は午前十時。授業の真っ只中である。入学式の次の日である今日は、新入生にとって最初の授業日。クラスの皆が真剣に授業を受けている。そんな中...私は一人、睡眠学習に励んでいた。

 あの任務の後、報告用紙の提出やら麻薬の回収やらでもう一度日本支部に戻らないといけなくなり、結局寝るのは午前二時を過ぎてしまった。その結果、出発時刻の一分前に起きると言う、ものすごい寝坊をかましてしまってのである。しかも、教室に入ったのも授業が始まる数秒前。クラスの人たちには、落ちこぼれ生徒だと認識されてしまっただろうか。

 というわけで、私は今、授業の時間を利用して睡眠の時間を取っているのだ。こんな私で、任務と学校、ちゃんと両立できるのかな...。

 

「 ...ゃまさん、深山さん。起きてください。」

 思いっきり目が覚めた。先生だと思ったからだ。指されてたのに起きなかったのかな。もしそうだったらみんなの前で醜態を晒すことになる。どうしよう⁉ 

 色々心配したけれど、私の前にいたのは先生ではなかった。

「あ、やっと起きましたね。もう三時間目まで終わってしまいましたよ。」

 時刻は十一時半だった。もう三時間も寝ていたのだ。熟睡していた私を起こしてくれたのは、クラス委員長とその友達の、女子三人グループだった。

「次の授業、教室移動なのですが、もしよければ一緒に行きませんか? 」

「えっ! あぁ、はいっ! わ、私でよければ‼ 」

 寝起きで色々と驚きを隠せなかった私に委員長たちは微笑し、三人と一緒に教室移動をすることになった。

 遅刻ギリギリ、授業では居眠り。名門校に通っている人にはとても見えない私だけれど、お嬢様やお坊ちゃま達には珍しかったのか、とても好感を持たれている。高校では目立たないように最低限のことだけして高校生活を送ろうと思っていたけれど、友達がいなくてクラスで妙に浮いてしまうよりは、友達を作ってみようかな。

 私たち四人が校舎を出て、特別教室棟に行くために中庭を抜けかけた時。

「はぁ⁉ そんなの、お前の勝手だろ‼ 」

 急に聞こえた怒鳴り声。びっくりしたぁ...。その声の主を探すと、どうやら職員室の前で何人かの先生とモメている、ギャルっぽい女の子のようだ。

 金髪・色白・高めのポニーテール。メイク素人の私でもわかるくらいの濃いメイク。着くずした制服に、短くしているスカート。そして靴下はルーズソックス。強すぎるその容姿に、私は唖然としてしまった。

「やだ、あれ、私達のクラスの方じゃありません? 」

「あら、本当ね。」

「名前は、早見エリカさんだったかしら。」

 早見エリカ(はやみエリカ)。私の隣の席の子の名前だった。昨日の入学式にも来ていなかったので、顔を知らなかったのだ。

「嫌ですね、ああいう人がクラスにいると。クラスの価値が下がりますわ。」

「本当にそうですね。校則も全く守っていないですし。」

「ここは上流階級の人が通う学校。早見さんのような一般人が来る学校じゃありませんわ。」

 三人は早見さんを軽蔑するように笑って、その場を去って行った。三人の言葉一つ一つが、私の心に深く突き刺さって、...嫌な過去が脳裏をよぎった。


『佐藤ってさ、なんで教室にいんの? ガチでうざいんだけど。』

『アハハハ! あの根暗、こっち見た! 超ウケる! 』

『佐藤みたいな貧乏人は、学校に来るんじゃねぇよ! アハハハハ...』

 泥まみれになって捨てられていた運動着。トイレで水を掛けられ、ずぶぬれになっている私。体には無数のあざ。三年前は、そんなのが日常だった。


 私の元の苗字は佐藤。小さい頃から学校に馴染めなかった私は“根暗”と称されて、いじめばっかり受けていた。しかし中学一年生の時の十月に局長にスカウトされたことで、私のいじめられ生活は終わりを告げたのだ。

 その時の私と今の早見さんが、何となく重なって見えた。うまく周りとなじめなくて、自分だけ浮いてしまう。見た目・髪型など、自分を守るために作った盾のせいで悪口を言われてしまったり、逆にいじめられちゃったり。


 独りだとか、いじめられてるとか、気にしない! って強がっちゃうときもあるけれど...ひとりぼっちの時って、実はすごく寂しいんだよね。


 私みたいな思いをしている人を、これ以上増やしてはいけない。早見さんを放っておけなくなった私は、人生で初めて、授業をサボることにした。

 





 

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檜の心に想いを馳せ 言の葉綾 @Kotonoha_Aya

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