0・5話 私を殺す以外がない状況になっていることを、死にかけながらも、明瞭に理解する瞬間。

 なんで、どうして、やめてよ、助けてよ。


 そんな想いを声にすることすらできない。唇はかろうじて動くけど、動くだけ。まともな声は出てこない。

 対魔耐性はパーティー随一のはずだった。多重展開されているとはいえ、拘束魔法だけでここまで私の身体を拘束できるわけがなかった。手足の末端に痺れを感じる。毒物を接種してしまったかもしれない。


 人生相談相手だったはずの魔術師ミャーさん、時々装備修理代を貸してくれたカコ姉さんが拘束魔法を展開している。

 私の肩口を叩き割った貴族のボンボンである能無し勇者は、もう一度振りかぶろうとしていた。目がぼやけているから細部はわからないが、焦っているようだ。

 どうやら肩口ではなく脳天直撃させるはずだったようだ。無能なゴミ野郎とののしりたかったが、声は響かない。


「外したっ、クソっ、こいつが動いたからだっ」

「動いてない。お前がへたくそなだけ。早くやってやれ」

 勇者の悪態に、ミャーさんが応じる。

「うっせよ、ミャー。お前の調合した毒がまともに働いてないだろ」

「あんたが、直接飲んでいるところ確認したんだろ? だったら効いているさ。そもそも効いてなかったら、この娘は拘束魔法程度でこの状態にはならないよ」

「そうかよっ」


 すごく気分の悪いことを思い出した。

 今朝方、勇者が私の部屋まで朝食のスープを持ってきてくれたのだ。


 そんな殊勲なことは出会ってからの2年間で一度もなかった。

 睡眠薬入りの飲食をとらせて、卑劣な性的行為のためだろうか、と本気で警戒したことを思い出した。

 魔王討伐直前だからこのクソボンボンも少しは感傷的になっているのだろう、と勝手に納得してスープを頂いてしまった今朝の私を殴り殺したい。不用意が過ぎる。

 確実に殺害するための事前準備だったのだ。


 ミャーさんが調合した毒物であるなら、効果はてき面だろう。

 補助術師ながら薬師の資格も持っているはずだ。勇者の初期パーティーメンバーとして当時は回復薬節約のために薬草などから効果的な薬を精製していたそうだ。勇者は当時も自らの力量を測れずに突撃傾向強だったそうで、回復役を担っていたミャーさんは普通にガチで大変だったとお酒の席で泥酔もせずに教えてくれた。なので薬の調合配合に関しては、年季が違うのだ。


 早朝に毒入りスープを飲んでしまってから数時間、毒物の影響は一切感じなかった。遅効性の毒物。それでもこの効力。優秀な出来だ。ほんと。私は死ぬのだろう。


 壁役を務めている、獣人族のウォークライさんは、出入り口の方で仁王立ち。

 毒物使用と拘束魔法の多重展開までしておいて、万が一の逃亡の可能性すら潰している。そのそばでは黒魔術使いのタナカが杖を構えたまま、いつでも爆裂魔法を打つ準備中。億が一の可能性で拘束魔法から逃れた後の対策までしている。


 どうしょうもなく。

 私はどうあっても、ここで殺されるようだ。それ以外の未来を、積極的に潰している。

 2年間寝食と命を共にしたはずの仲間に殺される。

 絶対に私をここから逃さない。

 そんな意思をはっきりと示していた。


 全員間接的に手を汚し、そして実際に、直接的に手を汚すのが、勇者だ。

 一応パーティーの中心人物としての立ち位置。能力的には何でもできる器用貧乏。

 戦力的には三番手以下。

 ただし装備の購入代金の代行などの、後方支援を担っている。実家が太いのだ。貴族様の末っ子。作戦参謀としての仕事はそこそこ、まあまあの出来。

 実際この陣容を考え、指揮したのは勇者であろう。人格と性格と人間性が愚図であるが、実家の太さと実家の贅沢さと一瞬の状況判断だけは、一流だ。


 だからこそ、私らはこのぼんくらを神輿として担ぎ、魔王討伐を考えていた。

 駄目人間であるが、人を従える、人を使える能力があった。

 人の下につくことで力を発揮する人間がいれば、人の上に立って命令を飛ばすことを当たり前にこなせる奴もいる。勇者は後者だった。


 そんな人間性がダメダメな勇者でも、それを支えるパーティーメンバーがいて。

 実際に魔物討伐の成果をあげていて。

 2年という歳月は熟度もあげ。

 装備は次第に潤沢になっていき。


 本当に魔王討伐が視野に入っていたのに。


 なのに。

 もうすぐなのに。


 そんな攻略組で、私は攻撃役の一番手を担っていた。

 ダンジョン奥に控えるボス系などを相手にしたときは、ダメージリソースの7割以上が私だったと思う。

 防御役や回復役はすべて皆に任せて、私はすべてのリソースを攻撃に全振りした。


 攻撃役だから一番偉い、わけではない。

 そういう思い上がりが強くてイキっていた時期がままあったが、私たちはあくまで8人一組の攻略組なのだ。8人で一個の個体だ。

 私の役割が、他よりも目立つ攻撃役だっただけ。優劣はない。


 ただそれでも攻撃役がいなくては、戦いは終わらない。私はそれに全特化した。

 そんな私を。

 私がいなくて、どうやって魔王を滅するのだ。どうして。


「どうしてって顔だな。うぬぼれ屋が」

「……」


 勇者が苦々しい顔になっていることを、想像できる。

 こいつは、その場その時のお気持ちを、わかりやすく声や態度へ示す。


「これから死んじまうお前にはもう関係ない。死人に生者の人生は干渉できないんだよ。でもまあ」

 私と目が合った。

 そして逸らされた。

「今まで助かっていたよ。それはマジだ。だから楽に死ねよ」

「あんたが一撃でやっていればもう楽になっていた。早くして」

「うっせ。じゃあお前らぁがやれよっ」

「自分でやるっていったのはあんたでしょ。早くして」


 ミャーさんにせっつかされて、勇者がいそいそと準備を再開する。

 いつもの光景だ。ぐだぐだ勇者が言い訳しながらだらだらして。


 それを私らが背中を押すように行為を急がせる。

 いつもは魔物の討伐やら、賊の拠点襲撃のタイミングやら、使い古した装備の売却問題やら、だ。

 今日は、それが私の殺害、ということだけだ。


「これならいけるっしょ。やってあげな」

 勇者を淡い光が包む。カコ姉さんがなにかバフをかけているようだ。手先のブレを抑制するなにかであろう。

 勇者が、また振りかぶっている。

 動作に迷いを感じない。

 ああ、ほんとに、これで。


「すまんな。今までありがとう、さようなら」


 勇者が振り落とした直剣が、私の脳天を叩き割った。

 そして私の意識は。

 暗転した。

 そして。


 ・


 私は。

 寝慣れたベッドの上に、私は寝そべっていた。年間契約している、いつもの見上げる天井に、いつもの個室のベッドの上だ。

 肩口に傷跡はない。唇も動く。毒物の影響は感じない。

「えっと」

 夢オチかな?


 私は想う。

 そうであれば。

 そうであるならば。


 どれだけ幸せだったのだろうか、と。


 この瞬間から、私の地獄のような地獄の日々が、はじまっていた。

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すたーと・おーばー・りべんじゃー 小柳さん @koyanagi

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