すたーと・おーばー・りべんじゃー

小柳さん

0章 夢を叶える一歩手前ですべておじゃんにされた結果

0話 手に入れたいもののために、手に入れるための努力を全力でやってきたのに、その、すべてが唐突に零れ落ちていく日。

 仲間が、本気で振り落とした直剣が、私の肩口をえぐる。


 なんで? という疑問が頭の9割を占めた。

 痛みが酷い。過去に経験したことのない痛みだ。

 過去に魔物から受けたことのない痛みを、仲間からの一撃で感じている。

 ただ頭の中を占めていたのは、そんな痛烈な痛みよりも、なんで? という疑問。


 どうして、なんでこんなところで?

 という疑問。

 目的が達成される直前まできているのに。


 私たちは魔王討伐のための攻略班として活動していた。

 2年に及ぶ旅の末、目的を達成する日程を組むところまできていた。

 魔王討伐。

 数日後、魔王城へ突入することが決まっていた。


 ・


 最終決戦前の装備更新、消費アイテムの補充のために、大陸の端っこにポツンとある、辺鄙な秘境ダンジョンを攻略をしていたはずだった。

 道中はいつも通り効率よく魔物を討伐していき、ダンジョン最奥へ到達。ボス格も手順通り攻略して、となるはずだった。

 そこにボス格の魔物はいなかった。すでに討伐済だったのだ。

 索敵はされており、まだ未踏のダンジョンであるはずだった。こんな初歩的なミスをするはずがなかった。

 そして、背後から斬られた。

 私はパーティーの先頭を切り裂く特攻役だ。だから背後から攻撃されることはない。されるということは、仲間が全滅したか。

 仲間にやられたか、の二択だった。

 今回は後者だった。


 この状況を鑑みると、パーティーメンバーが1人行方知らずになってもおかしくない状況のために、こんな辺境のダンジョンまで来ているということだ。

 私の疑問、困惑への回答はない。そもそも唇がひらかない。「あ」とか「え」いう音が漏れるだけ。拘束魔法の効果だ。


 冒険者人生で感じたことのない痛烈な痛みと、死を安易に連想できてしまうだけの出血量を目にして、私の視界はすでにぼやけていた。

 身体も心も、一瞬で限界を迎えているようだった。


 ・


 私は、主に魔物を討伐することで報酬を得る冒険者稼業をやっている。

 市内の水源汚染の源であった泥スライム討伐から、観光山の観光客を襲う獣の討伐防衛。

 ありていに言えば、雑務である。日銭を得る仕事だ。

 やろうと決断して、そこそこまともな装備一式で身を固めれば、誰でもやれる労働。

 技術よりも気合が求められる業界習慣。

 世界は救わないが、世界の安定を守る仕事。

 雑務ではあるが、命がけになることが多々ある稼業だ。時々命を掛けないといけないが、それに見合った報酬はない。それでもこういう労働をやらないといけない層は、一定数おり、需要はそこそこある。


 死なないような準備は万全にしているが、事故が起これば、当たり前のように命を賭けたお仕事に様変わりだ。

 激昂した魔物は基本、攻撃してきた対象をどこまでも追ってくる。習性である。

 殺すか、殺されるか、しかない。


 逃亡はありえない。それは他者や一般人を危険にさらす行為だった。逃げることが、できなくはない。ただ敵前逃亡した事実が知られれば、冒険者として報酬を得る資格を喪失することと同義だった。


 だからもちろん挑むべき魔物に関しては事前に入念な調査が行われる。

 適正に満たない場合はそもそも討伐許可は下りない。許可なく討伐しても文句は言われないが、冒険者ギルドが認可していないと、報奨金の支払いはない。魔物に困っていた人々から感謝と金一封ぐらいはあるかもしれないが、実質ただ働きになることがほとんどだ。

 なので冒険者として生計をたてるということは、常に命を賭けているということだった。


 命を常に賭けている割には、得られる報酬は、微々たるもの。都市部で当たり前の生活ができる程度。肉体労働者なんてどんな時代、どんな国であれ、こんなものなのだろう。高級泡麦酒を飲みまくるような贅沢なんて夢のまた夢。仕事終わりに味の薄い安酒を一杯飲むのが精いっぱい。


 ただ。

 そんなさもしい稼業にだって、夢はある。一発逆転たるそれはある。


 魔物の根源たる魔王。

 それの討伐報酬が、近年跳ね上がった。


 諸々理由があるのだが、要約すると、この大陸を統べている王様の見栄のようなもの。


 元々は数か月単位で贅沢ができる程度だった魔王討伐の報奨金は、子供どころか孫の孫の代まで仕事をしないで生活できるだけの報酬を約束していた。

 普通に王国の経営が傾く規模感の額ではあった。実際こんな金額を払うのか、と疑問もよぎった。

 疑問に答えるように、国王は行動した。

 国王が大陸中を、自ら演説してまわり説いた。魔王の早期討伐をっ!! そのために報酬はいとわないっ! 勇者よきたれっ! 身の危険を顧みず、大陸各地でそんな演説を繰り返す国王の姿をみて、私らは冒険者らは国民は、理解した。


 本当に、魔王を滅すれば、これだけの金額が手に入る、かもしれない。満額は無理でも十二分な金額は保障されているのでは? 本当に仕事しないで遊んで生きていけるのでは?

 王が早期の魔王討伐を望んでいる、これは事実なのだ、と。


 できればいいな、と思っていた魔王討伐は、ついに絶対に達成しなくてはいけない目的に、成り上がった。


 ・


 そして私たちは、8人編成のパーティーを組み、攻撃役、防御役、回復役、補助役などの役割分担を徹底した、魔王討伐攻略組を結成した。

 大海を超えた別の大陸では、それらの役割を1人で複数こなす変態的な、まさしく勇者と呼ぶべき存在もいるそうだ。天才と変態はまったくもって参考にならないということだ。

 一般冒険者の私たちが本気で魔王討伐を考えるなら、こういった少しでも可能性をあげる形になるのは、必然だった。


 そう。

 必然。

 たまたま挑んで、偶然運よく急所に当たることを祈って倒すわけではない。

 倒すべき行程を考え、それに至るだけのレベルをあげ、装備を整え。戦術戦略も練る。

 魔王討伐を成ることを、目指し、そうなるように、私たちは準備と努力を重ねたのだ。

 文字通り一生遊んで暮らせるだけのクエスト依頼の報奨金を目当てに。


 そして。2年近くの歳月を経て。

 私たちは、この大陸において、随一の魔王討伐組として、名を馳せていた。


 非戦闘班である情報班により、すでに魔王の攻略情報も獲得済み。どんな属性魔法が得意で、どの部位にどういう攻勢をかければ効果的なのか、すべて把握している。

 魔王を滅するための投資も、少なくない金額を使っている。複数の大商人、果ては田舎村の鍛冶屋までから少なくない借金し、装備貸与も受けている。

 それらの前提の上、私たちは8人パーティーという規模感で、魔王に挑む。


 きちんと確実に魔王を滅して、一生遊んで暮らせる報奨金を得るために。

 私らに十分な可能性を見出してくれたから、それらの人らは、装備やアイテム、素材を提供してくれていたのだ。

 そう。

 自分らだけのエゴではなく、他者からしても、私らは十分「魔王討伐してくれるかもしれない」と期待されるだけの成果をあげていたのだ。

 なのに。


 なのに。

 それが成す目前となった、魔王討伐予定日の直前。

 2年以上かけて取り組んでいた成果がもうすぐ出るはずの直前。

 私は。

 今。

 手足の末端からの痺れにより立ち上がることが出来ず、追いうちのように拘束魔法の多重展開を浴び微動だにできず、となっていた。

 そして。

 パーティーの長、通称勇者が振り落とした剣が。

 対魔王特攻が乗った剣が。私に魔王特攻は効かないが、普通に刃渡りと切れ味は、人の腕なんて簡単に切り落とされる切れ味がある直剣が。


 振り落とした直剣が、肩口にめり込み、大量出血していた。

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