戀の詩(コイのウタ)
トム
戀の詩(コイのウタ)
夜明け前に目が
――そんな夜と朝の狭間の
出逢いは
年の頃は20代前半だろうか。初老になった私にとって、君は娘のようにしか見えなかった。全ての気力を失ったのか、私のなすがままに君は付き従い、後ろをトボトボついて歩く。このままでは風邪を引くと言うと、行く宛てがないと言い、また涙を溢す君に、仕方がないとホテルへ誘った。
「……無理にとは言わないし、何もする気はない。ただホテルに行ってシャワーを浴びなさい。清潔なタオルで体を綺麗にしないといけない」
連れて行ったのは駅前にあったビジネスホテル。入る前に受付でタオルを借り、ある程度衣服を拭かせてから、彼女一人で宿泊だとボーイに告げていると「一人にしないで欲しい」とスーツの裾を引かれてしまう。仕方なくシングルを2つ借り、彼女が落ち着き眠るまで、部屋にいるよと約束した。
「……彼と別れたんです」
シャワー浴び、ホテルに着く前に買ったジーンズとスウェットを着た彼女は、幾らか気分も落ち着いたのか、言葉少なに身の上話をし始める。
――こんな人の多い都会ではありふれた話。地方から駆け落ちのように出てきた二人が、知り合いの居ないこの場所で働き、居場所を創ろうと頑張った結果、男には別の女が出来て、馴染めなかった彼女が孤立し、捨てられた。……要約すればそんな話だ。
「……実家には戻らないのかい?」
「……孤児だから」
そこまで聞いて、私は確信してしまう。
――あぁ、そう言う事なのか。
俯き、ポロポロ涙を流す。いじらしく、清楚にして可憐。ただ愛した彼を信じて都会に出て、純朴だった彼女だけが都会に染まれず、結果、垢抜けてしまった彼に捨てられた。
実にありふれた話だ。まるで昔のテレビを見ているような、そんな彼女の身の上話。
「……そうか、辛かったね。今はゆっくり休みなさい。君が眠るまで私はここに居ますから」
「……あの」
「ん?」
「……い、いえ」
私はベッドサイドにある椅子に腰掛けながら、窓を眺める。降り続く雨は止まず、その雨粒は窓に当たり、幾筋もの跡を付けては消え、また流れていく。ベッドサイドに設けられた小さなランプの明かりだけを残し、部屋のライトを消すと、彼女が潜ったベッドが揺れる。「おやすみなさい」と声をかけ、窓際に椅子を移動させるとゴソゴソとシーツが擦れる音が聞こえる。
「……来ないの?」
「あぁ、ゆっくり眠れば良い。……全て忘れてゆっくりとね」
「……」
来ない返事を気にもせず、雨だれを眺めていると、眠らない街の明かりがチラリチラリと反射する。その
すうすうと規則正しい寝息が聴こえてきた頃、
「一部屋チェックアウトを頼む。この部屋の分も支払っておきたいんだが――」
ホテルから出ると雨は既に上がっていた。日はもうすぐすれば昇るだろう。見上げた空にはまばらになった雲と、ゴールデンアワーの蒼空が見える。少しだけ肌寒さを感じ、私はそのまま始発が動き始めた駅へと向かう。
――君がどんな娘なのか、話を聞いていた時、違和感を感じていたよ。服装は地味なものだったが、ハイブランドのヒールを履き、持った鞄は新作だった。そんな君が男に捨てられたくらいで自暴自棄? 済まないが私はそこまでお人好しじゃない。
そんな事を思い出し、ふっと思わず笑みが溢れてしまう。
――また恋でも始めてみようか。
Fin
戀の詩(コイのウタ) トム @tompsun50
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