epilogue


あっという間に梅雨が終わり、気温も上がって夏の本番に季節が変わっていた。今日も聞こえてくる騒々しい蝉の鳴き声を聞くと、夏がやってきた気がする。

去年までなら、この時期がやって来ると憂鬱な気持ちになっていたはずだが、今年は不思議とそうでもない。それはきっとあの初夏の日に君と出逢えたから。つまらなかった日々が一瞬で変わっていったのだった。


「夏樹お待たせっ、アイス溶けそうだからここで食べてこ」

「賛成」


俺と夏流はすっかり友達になって今ではほぼ毎日遊んでいる。あれから夏流にも瑠夏と知り合いだったこと、好きだったこと、そして告白してフラれたことなど全てを打ち明けた。夏流はいい奴だから、『瑠夏の事を好きになっちゃうのは分かるよ。でも、ちゃんと気持ち伝えられた夏樹がかっこよすぎて流石に妬けた。正々堂々と俺も気持ち伝えてみる』と言っていた。


「暑っつい、早くアイス食べたい」


隣に並んでアイスを食べようと夏流が袋を開けようとした時、夏流の肘が当たってその瞬間手に持っていたレモン味の炭酸水が落ちて転がってしまった。


「あっごめん夏樹」

「いいよいいよ」


拾ってキャップを回して飲もうとした時、夏流が何かに気づいたかのように口を開いた。


「待ってそれ爆発するかも」


どこかで聞いたことのある言葉がして、つい記憶を遡ってしまった。懐かしいな。これが君と出会って初めての思い出。これのおかげで君と話すことが出来た。もう一度またあの初夏に戻れたらいいのに。そんなありもしない夢の話を考えてしまう。現実はそう簡単に甘くない。


「おい夏樹なに笑ってんだよ」

「いや、お前らやっぱりお似合いだなって思っただけ」

「えっ…急になんだよ恥ずかしいからやめろ、…って爆発してるぞ」

「あっ」


手に持っていた炭酸水がキャップの口からシュワシュワと音を立てながら泡と共に溢れだした。



檸檬の木が沢山あるこの町は、初夏になると沢山の花を咲かせる。そして町中は雨が降ると空気が雨の匂いに染まるように、まるで檸檬が空から降ってきたみたいにそこら中に檸檬の花の香りが広がっている。そんな香りに包まれたら、あの初夏に体験した淡く酸っぱい恋を忘れることは出来ない。初恋ではないけれど、初恋よりも心に残る恋だった。好きな人には5年も片思いをし続けている人がいて、知り合ってたった1ヶ月程しか経っていない俺なんて勝てるわけない。そんなひとつも実らすことが出来なかった恋だからこそ心に残り続けるのだ。

そして俺はこれから先もずっと


”君を心から恋しく思う”だろう。



ℯ𝓃𝒹

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檸檬が降る町 @Flower__

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