episode3

朝起きて携帯の画面を見ると、瑠夏からメールが届いていた。


『おはようございます。今日良かったら私の家に来ませんか?レモネード作りすぎたのでおすそ分けしたいです。もう私たちは初対面じゃないですもんね?』


その聞き方はずるいと思う。あの時の俺の言葉を今でも覚えていてくれていたのだと思うと嬉しくて、頬が緩みそうになる。だけど、正直どういう顔で会えばいいのか分からなかった。だって瑠夏の5年間片思いしてた相手を知ってしまったから。しかも夏流はまだ瑠夏のことを思っているし。だけど素直な気持ちを言うと昨日会うの辞めてしまったから、今日は瑠夏に会いたい。

そう思うと今まで重かった体が軽くなって、軽い足取りで外へ出た。

瑠夏の家に入るのは初めてだから、今までにないくらい緊張して体が暑く感じるが、それはこの強く光を放つ太陽のせいだと思って気持ちを落ち着かせた。


「夏樹くんお待ちしてました。中へどうぞ」

「お邪魔します」


中へ入ると、真っ白の壁にライムグリーンを基調とした家具が置かれていた。瑠夏っぽい可愛らしい部屋だななんて思って見ていると、小さな写真立ての中に入っていた写真に目が止まった。


「はい、レモネードです。今日は甘さ控えめの酸味を強めて作ってみました!」


レモネードをコップに注ぎながら笑顔で言う瑠夏に堪らず聞いてしまった。


「この写真の男の人って、前に言ってた5年間片思いしてたって人?」

「そうです。その写真は先輩が卒業した時に一緒に撮ってもらったものです」

「…へー」

「そう言えば、先輩も夏樹くんと同じでレモンが好きだったんですよね。特に私の実家で成ったレモンで作ったレモネードはいつも美味しいって喜んでくれました。それが嬉しくて、その頃から沢山作る癖がついちゃって。」


そういう事か。結局瑠夏は夏流と俺を重ねて見てるだけだったんだ。


「先輩と一緒に帰る時間が何よりも幸せでした。檸檬の木の道を通って他愛もない話をして一緒に居るってだけで本当に楽しかったんです。」


瑠夏は頬を緩めて懐かしそうに夏流の事を話す。そんな姿を見ると、どれだけ瑠夏が夏流のことを思っていたかなんて聞かなくても分かる。

その事が辛くて悔しくて、どうしようも無い思いが沸々と湧き上がっていく。


「だけど、そんな簡単に上手く行くわけないんですよね。私の恋はずっと檸檬の花が咲いているばかりで、実らすことが出来なかったから」


だったら俺じゃだめ?夏流じゃなきゃダメなの?

俺は君が好きだよ。これから先もずっと2人で檸檬の木の下で話したりお昼寝をしたい。君が沢山作ってくれるレモネードを2人で分け合って飲みたい。ずっと君の隣にいたい。君の特別になりたい。

瑠夏の言葉に俺の溢れそうな気持ちを出さないように、推し殺そうともがいて、必死に葛藤した。瑠夏も夏流も相手を困らせないように、自分の気持ちに蓋をして綺麗な思い出のまま残していたけれど、俺は2人みたいに優しくないから良い人なんかじゃないから、そんなこと出来ない。


「じゃあさ」


ほんの少し君に触れたくて、手を伸ばして君の手の甲に重ねるとゆっくり指を絡めた。


「俺と付き合おう」


君は驚いたように目を見開いて瞬きが早くなる。


「…え、どういうことです、か」

「瑠夏が好きだってこと」


もっと伝えたいことは沢山あった。だけど、俺の口から出たのはシンプルな言葉だった。


「冗談とかじゃなくて、本当ですか?」

「冗談に見える?俺は本気だよ」

「でも、私…」

「夏流のことまだ気になってんの?」

「えっ、なんで先輩の名前知ってるんですか?」


言うつもりなかったのに、気づいたら名前を口に出してしまっていた。


「この前たまたま知り合って」

「…先輩、どこにいるんですか?今何してるとか言ってました?」

「夏流のことになるといっぱい聞いてくれるね」


少し嫌味ぽく聞こえたかもしれない。でも、好きだという気持ちは時に我を忘れてしまうもので、『嫉妬』という悪魔に支配されることがある。


「まだ好きじゃん」


その言葉には瑠夏は何も答えずにずっと黙ったままだった。そんな反応されたら聞かなくても分かってしまう。俺はどっちの気持ちも分かってしまっているからこそ余計に辛い。邪魔しちゃいけないのは分かってるけど、すぐに諦められるほど俺の気持ちは軽くない。


「夏流のことばかりじゃなくて、もっと俺のことも意識してくれない?」


じっと瑠夏の目を見つめて、そう口に出した。

瑠夏は、どうしたらいいのか分からないと思っているかのように眉毛を垂れさせて瞳が左右に揺れている。

俺の目の前にそんな可愛らしい表情をした瑠夏がいて、正直このままキスでもしてやろうかと思った。溺れるようにキスをして、俺の事もっと意識させて夏流との思い出なんか消してやろうかと思った。だけど、

瑠夏にするのは俺じゃないから。してはいけないから。瑠夏が本当に好きだと思う人とするべきだと思った俺はその気持ちを押し殺すために、せめて手だけでも触れたくて、少し強く握りしめた。







5月も終わり、6月になると少しづつ暑さも増してくる上に梅雨の時期でもあり、じめじめとした天気が続くようになった。


「いつまで泣いてんだよ」


ベッドで寝転がりながら窓の外の止む気配のない雨の様子を見て呟く。空に対して”泣く”と言う表現は間違っているのだろうが、まるで俺の心の中を表してるみたいでついそう言ってしまった。別にまだフラれたわけではないし、可能性だって1%くらいは残ってるだろ。

少し前まではあんなに空も明るくて、虫や花達も顔を出して気持ちいい天気だったと言うのに、最近は雨が続いている。そのせいであれから瑠夏とは会っていないから瑠夏の返事も聞けずにいる。でも心のどこかで返事を聞きたくないと思う自分が居るのが本音。分かりきっている事だけど、直接本人の口から聞いてしまったら立ち直れる自信がなくなってきてしまったから。

そんな弱音を吐いていても、やっぱり瑠夏に会えないのは辛くて生きた心地がしない。そんな葛藤の末、財布と携帯を持つと外に出た。

慣れた道を歩いて、あの檸檬の木がある広場に辿り着いた。誰もいない広場は雨の音が響く。相変わらず咲いている白い檸檬の花は雨に当たって落ちてしまいそうだ。


「今日もピクニック出来ませんね」


ふとそう声がして振り返ると、雨で少しうねった髪の毛をした可愛らしい瑠夏がふわっと笑って立っていた。


「やっと来てくれましたね」

「え、?」

「最近来てくれなかったから、心配だったんです。メールも見てくれてないみたいだったし…」

「あ…ごめん。通知オフにしてて」

「いいんです。今日会えたので良かったです」


それからしばらく沈黙が続いた。お互い何を言おうとしてるのか、何を聞きたがっているのかを悟っていたから。


「あの、…この前の事ですけど」

「うん。ゆっくりでいいから」


雨の音がうるさくて、瑠夏の声を聞くために少し近づく。そして1つ深呼吸をすると、瑠夏が口を開いた。


「ごめんなさい。私はまだ先輩の事が忘れられなくて、凄く好きです」

「うん、」


予想していた通りの答えが並べられる。だから特に驚くこともなく、しっかり脳内に入っていく。


「大丈夫、瑠夏と夏流は絶対上手く行くから。」

「なんで自信ありそうに言うんですか」

「いいから信じろって」


そう言って不安そうな表情をする瑠夏の頭をそっと叩いた。


「あと、夏樹くんにずっとこれ渡したくて」


茶色の紙袋を渡されて中を見てみると、瓶に入ったレモネードに丁寧にラッピングされた檸檬のパウンドケーキが入っていた。


「これは、レモン好きの夏樹くんのためにレモンの味を強くして作ったので、是非食べてください」


パウンドケーキをよく見れば前食べた時よりも、ずっとレモン色をしている。瑠夏と出会った日にも同じようなことを言われたことを思い出して「だからレモンが好きなわけじゃないけどな」と独り言くらいに小さく呟いた。雨の音でかき消されたみたいで「ん?」と瑠夏が声を出す。


「俺ね、レモンが好きなんじゃなくて瑠夏が作ってくれるものが好きなんだよ」

「なんで今言うんですか、好感度上がっちゃうじゃないですか」

「うんもっと上がってほしいな、それで今からでも好きになってよ」

「夏樹くん…」

「冗談だって。でも俺諦めの悪い男だからさ、すぐには諦めることが出来ないと思う。だからそれまでは好きでいさせてね」


きっともうこれまでのようには会えなくなると思うけど

最後に瑠夏触れることはなかった。一度でいいから抱きしめたかった。だけど、そうしてしまったらきっともっと瑠夏の事が好きになってしまう。だから俺はいつも通りの別れをした。いつの間にか雨が止んで雲で隠れていた空が少しづつ現れきた。


「もう少し早く止んでくれてたら瑠夏とピクニック出来たかもな」


手に持っている紙袋に入ったレモネードとパウンドケーキを見ながらそう呟いた。これは後でゆっくり味わって食べよう。あの初夏の淡い思い出に浸りながら。


❁⃘ℯ𝓃𝒹



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