episode2

次の日ハンカチを返そうと思って、彼女の連絡先を交換するのを忘れていたことに気づいたが、幸いなことに小さな町だったのでコンビニの数も限られていて、最初に出会ったコンビニで会うことが出来た。

あれから彼女とは、最初は週に1回ほど会う仲になっていたが段々会う回数が増えて来て今では連絡先も交換してほぼ毎日顔を会わすようになっていた。その中でも大体はあの檸檬の木がある広場で会うことが多かった。

涼しい時間にただひたすら2人で話したり、時には芝生にシートを引いて隣合ってお昼寝したり、特別なことをしなくてもただ一緒に居るだけで心地よかった。


「もう夏になりますね」

「もっと暑くなるのかー、俺暑いの弱いんだよな」

「熱中症で死にかけたんでしたっけ?」

「こら瑠夏、笑い事じゃないぞ?熱中症舐めたらほんとに痛い目みるよ」

「わぁごめんなさい~」


瑠夏は未だに敬語を使って話す。理由を聞いたら

「敬語が好きだからこのままがいいです。」と言っていた。敬語が好きなんて言う人初めて聞く。そんなとこも含め瑠夏は少し変わった女の子だけど、俺はそんな瑠夏の価値観が好きだった。

だから日に日に瑠夏の魅力に惹かれていく。いつからか、瑠夏の全てが好きになっていた。その気持ちに気づいた時には居てもたってもいられなかった。毎日気がつけば瑠夏のことを思ってしまう。早く会いたい、今日はどんな話をしようか、今日も可愛らしい笑顔が見たい、そんなことばかり考えて毎日が楽しみだった。だけど、楽しいことばかりじゃないのが恋愛の醍醐味らしい。時が経つにつれて、瑠夏に気持ちを伝えたいけど、今の関係が崩れていくのも怖いと思う気持ちが現れる。瑠夏の事がこんなにも好きなのに、口に出せない自分が悔しかった。




そんなある日、瑠夏と会う前にいつものコンビニに寄ってレモンの炭酸水とレモンティを買おうとレジへ向かった。すると前に並んでいた1人の男の人が、何やらお金が足りなくて困っているようだった。俺は考えることも無くすぐにその男の人の所へ行った。


「すみません、これもお願いします」


自分の持っていた飲み物達をレジで渡して、その男の人の分まで支払いをして外に出た。


「あの、本当にありがとうございました!お金は必ずお返しします」

「いや、むしろお金がキリよくなったんで良かったです。」


そう俺が言うと、まだ申し訳ない様子で大きな目を細めて何か考えている。

その人は男の俺から見ても男らしい体つきに整った顔をしていてちょっとだけ羨ましくも思えた。

すると、思いついたかのように今度は大きな目を見開いた。


「ならちょっとこの後空いてませんか?もし空いてたらご飯食べに行きません?もちろん俺の奢りで」

「えっ、」

「あ、もうお昼食べちゃいました?」

「いやまだですけど…」

「じゃあ行きましょうよ!俺いい店知ってるんで、そこんとこ任せてください」

「じゃあーお言葉に甘えて」

「よっし、早速行きますか!あ、俺は夏流なるて言います。お兄さんの名前は?」

「夏樹です」


お店に着くまで2人で話していて、夏流とは同い年だと言うことを知ってより話しやすくなりあっという間に意気投合した。お店に着く頃にはお互い敬語が外れるほど仲良くなっていた。


「ここの唐揚げ定食俺のオススメ」

「じゃあこれにする」


夏流がオススメしてくれた唐揚げ定食は衣がカリッとしていて1個が大きくて食べごたえがあり、昔ながらの味が何とも美味しかった。


「夏樹も唐揚げにレモンかける派なんだ。俺と一緒だね。レモン好きなの?」


唐揚げの隣に置いてあったレモンを手に取ってかけようとした時に、突然夏流にそう問いかけられた。


「んーレモンは別にそんな好きじゃない」

「えっ好きじゃないのにかけたの?」

「好きじゃないんだけど、なんかレモン見ると食べてみたくなるんだよな」

「なんだそれ」


夏琉には可笑しそうに笑われたけど、本当に可笑しな話だって俺も思う。でも瑠夏に出会ったあの日に口にしたレモンの味が忘れられないから。今も記憶にのこる思い出が全部綺麗で鮮明に覚えている。

すると、夏流がレモンを見て思い出したかのように口を開いた。


「檸檬の花って果物のレモンとは違う香りがするって知ってた?」

「…え」

「果物のレモンとは違って檸檬の花は甘くてやわらかな香りがするんだって。不思議だよな、2つとも同じ木から成ってるのに」


夏流の言葉に思わず箸が止まった。だってそれは聞き覚えのある話だったから。


「昔片思いしてた女の子が檸檬の花をみてそんなこと話してくれたの思い出した」

「……片思いしてた女の子?」

「うん。その子は中学の時の1つ年下の後輩でさ、帰り道が同じでよく一緒に帰ってたんだよね。それで気づいたら好きになってて。ちゃんと青春してるだろ?」

「それで、その子とはどうなったの?」

「どうもならなかったよ。好きだって事すら言えずにあっという間に卒業しちゃって、それ以来会ってない。」

「…まだ、その子のこと、好きだって思ってる?」


こんなこと聞かない方がいいのに。だけど聞いてしまったのはきっと「もう好きじゃない」という言葉を聞きたくて、安心したくて聞いてしまったのだと思う。早くそう言って欲しかった。なのに、夏流は何故か黙ったままで、その沈黙がお店の賑やかな音をうるさく聞こえさせる。


「もう好きじゃない」

「…え」

「なんて言えたらかっこいいのにな」


嗚呼、なんて小さな世界に俺たちは生きているのだろうか。この狭い世界が憎い。


「情けないけど、まだ俺はその子に未練しかないよ。

だから言えなかった後悔もあるけど、俺の気持ちを知ってその子のことを困らしてたら嫌だから、あの時気持ちを伝えなくて良かったのかもって今はそう思う。その子との思い出は綺麗なままでいたいからさ。」


その言葉になんて返したらいいか分からなかった。

食べ終えて夏流と別れたあと、今日はもう瑠夏に会う気分になれなくてしばらく檸檬の木がある道を歩いていた。


𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹

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