第六話 あなたの秘密を知ったら 2



 夕食後、湯浴みをして寝室に行く。


 ヴァンデンスがいて、思わず後ずさった。


「……ああ、すまない。捜し物をしていたんだ。すぐに出ていく」


 ヴァンデンスは寝間着ではなく、ローブでもない、普段着をまとっていた。


 ナイトテーブルの引き出しを開いて、ヴァンデンスは首を傾げている。


「なにを捜しているのですか?」


「腕輪だ」


「あ! それなら、ベッドチェストの引き出しのなかに仕舞いました! すみません……言うの忘れてました……。鍵はそのナイトテーブルの引き出しに入ってます」


「そうか……」


 ヴァンデンスは明らかにホッとした様子を見せ、鍵を取り出してベッドチェストの引き出しを開いていた。


「ごめんなさい。大切なものなんですよね」


「そうだな――。もう、必要はないのだが……これは、お守りだから」


「お守り?」


「そう。私は私の力が制御できないとき、師匠にこれをもらった。魔力を制御する腕輪だと教わって。しかし、実際のところはこれは魔術具ではなくてただの腕輪だ」


「ああ。効くと思ったら効くやつ……」


「そういうことだ」


 ヴァンデンスは腕輪をはめて、退室しようとした。


 その背中に、どうしてか声をかけてしまった。


「あの! ヴァンデンス様!」


「……どうした?」


「聞きたいことがあるんです。嫌なら、言わなくて大丈夫ですけど」


 ヴァンデンスは不思議そうな顔をして、ベッドの上に座った。


 リゼットも、そっと彼の隣に座る。


「どうぞ、言ってくれ。あと、口調が戻ってるぞ」


「あ、すみません! 気をつけま――つける! 努力する……」


 リゼットの様子がおかしかったのか、ヴァンデンスが淡く笑む。


「それで?」


「はい……いや、うん。――その、婚約が破談になった理由を聞いてもいい……ですか?」


 つい語尾が丁寧語になってしまった。


「ああ……。そうだな、君には知る権利がある。――婚約者は、私が怖かったらしい」


「怖かった?」


「このとおり、表情に出ないのでな。私は彼女に会うときは優しくしていたつもりだった。だが、彼女は私を怖い……と思っていたんだ。それで、彼女はよその男の恋に落ち、駆け落ちした」


「駆け落ち!?」


「そうだ。彼女の両親は、うちに彼女を引きずってやってきた。『もうこんなことはさせないから、婚約は続けてほしい』と両親は頼んだ。しかし、本人は『あなたみたいな怖いひとと結婚したくない。愛してもいない』ときっぱり言った」


「ひどい……」


「そうかな。彼女は別に、うそは言ってなかった。私は、そんなにも彼女を怯えさせた自分が哀しくなった。そして、怖がっている相手と結婚させるのは酷だと思った」


 ヴァンデンスは天井を仰いだ。


 その端整な横顔には、静謐な哀しみが滲んでいるように思えた。


「だから、君のうわさを聞いて両親に結婚話を持ち込んでくれと頼んだ。私は君を利用した」


 どう答えていいかわからず、リゼットはうつむく。


「言い訳になるが――私がこれほど感情を出さなくなったのは、魔力のせいなんだ」


「魔力?」


「そう。魔力が多すぎて、子供のころは制御できなかった」


 先ほど聞いた腕輪の話を思い出す。


 ああそれで、と納得する。


「魔力が多く、制御できない状態では、感情の揺らぎは命取りになる。魔力の暴発が起きるんだ。だから師匠は私になるべく感情を抑えるように教えた。その教えが、今でも染みついているんだろうな。そして、それでいいと思っていた。その結果……彼女を怖がらせるような男になっていた」


「そんな! あたしはヴァンデンス様は怖くない! むしろ……あのときの召喚魔術はすごかったし、もう、本当にすごいひとだってわかって……」


 つらつら言っているうちに、リゼットは自分の語彙のなさが哀しくなってきた。


 されど、ヴァンデンスは微笑んでくれた。


「ありがとう。そう言ってくれると、嬉しい」


「え……」


 笑顔に見とれているうちに、彼は立ち上がった。


「明日、両親が朝食を共にしたいそうだ。構わないか?」


「あ、はい! もちろん!」


「では、そのように伝えよう」


 ヴァンデンスはまた笑って、今度こそ部屋から出ていった。




 翌朝、リゼットとヴァンデンスとルーメン侯爵夫妻で朝食を取る。


「どう? リゼットさん、そろそろ慣れた?」


 正面に座るルーメン侯爵夫人に問われ、リゼットはちらりと隣席のヴァンデンスを見やる。


 彼の表情は今も静かだった。だが、もちろん怖くなんてない。


「この子、愛想がないでしょう? 心配しているのよ」


 侯爵夫人が心配しているのは、前の婚約者がヴァンデンスを怖がったからだろう。


 だからリゼットは思い切り首を振る。


「ヴァンデンス様は優しいから、全然怖くないです。それに――ここは、とても居心地がいいです」


 それは、本心からの言葉だった。


 無関心な父や兄姉も、見下してくる義母もいない。


 ルーメン侯爵夫妻は優しい。


 ヴァンデンスも、とっつきにくく見えても実は優しいと――知っている。


「それなら、よかった。いい奥さんをもらったわね、ヴァンデンス」


 ルーメン侯爵夫人にそう言われて、ヴァンデンスは


「おっしゃるとおりです」


 と答え、わずかに微笑んでいた。


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警官令嬢は「清き水の魔術師」に嫁がされる~はじまりは仮面結婚~ 青川志帆 @ao-samidare

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