第3話 ジャックとまめのYggdrasill
朝。一夜明かして、朝が来た。針(ハリー)は私を連れ出して、穴蔵の世界を案内してくれた。針(ハリー)は親切なうさぎのようだ。常に砂時計を携えていて、ことあるごとにひっくり返す。特に夜の時間に。
案内してもらったのは、台所、広場、寝床。穴蔵の中であっても、ちゃんと生活機能を備えているようだった。しかし一番驚いたのは武器庫だった。その中は、水鉄砲やピコピコハンマー、おもちゃの槍や剣などで埋め尽くされていた。
「これで戦うの?」
と問うと、そうだけど、と針(ハリー)は答えた。
「これじゃ相手を倒せなくない?もっと硬い鉄とかで叩かないと戦いにならなくない?」
「そんなんで叩いたら天に昇っちゃうよ。僕らの場合はね。」
武器庫の奥にもう一つ、物々しい扉があるのに気づいたが、そこは案内してもらえなかった。
それともう一つ。時計について尋ねた。どの部屋にある時計も、丸い形は普通の時計盤のようだが、上半分が黒く、下半分に12時間分の時間が刻んであったのだ。
「ここにあるのは夜時計。夜の時刻はわかるけど、昼の時刻はわからない。『上の世界』ではわかるらしいけどね。逆に上では夜の時刻はわからない。ここには不完全な時計しかないんだ。上の人と協力できれば完全な時計を作れるんだろうけど、無理だろうなあ。」
「上の世界って?」
「おいおいわかるよ。」
針はそれ以上、教えてくれなかった。
穴を巡っていると、年寄りうさぎが話しかけてきた。ここでは長老と呼ばれているようだ。
「やあ、こんにちは。どうだいここでの暮らしは。」
「まあまあですね。」
「そうか、それはよかった。空の下での暮らしに慣れていると、ここを嫌ってしまうだろうから。君はやさしい人のようだ。私たちもちつき族の子供は警戒心が強いのだが、君を恐れていないしのう。」
たったったと足音が聞こえる。長老うさぎと話していたら、子供のうさぎたちが起き出してきたようだ。
「おはようー」「おはようー」
口々に挨拶する子供達。その中で、
「ムーーーーン!!!!!」
突如長老が大声を上げた。
「お、おはようムーン。」「おはようムーン。」「おはようムーン。」
「ああ、これは私たちの風習でしてな。私たちは言葉の端々に月を表す言葉をつけますが、それに意味はありません。聞き流してくださるようお願いします。」
「ムーンは?」
「はい?」
「長老のムーンは?」
「…ではこれにて、また。ムーン。」
そう言って長老うさぎは足早に去っていった。
「変な風習だね。」
「いつも意味がないわけじゃないよ。月を表す言葉が意味を持つこともある。意味在り月が昇ったときは。」
「え?」
針はまたしてもそれ以上教えてくれず、ただ無言で、砂時計をひっくり返した。
洞窟に、大きく響く音がする。何度も何度も、何かを打ち付けているような音。音の方へ向かうと、うさぎたちが先の尖った丸太、大弓のようなものを複数で担ぎ、それを壁に向かって打ち付けている。洞窟の壁には、直径が人二人分ほどの大きさの白い詰め物があり、入り口を塞いでいる。それを打ち抜こうとしているようだ。多くのうさぎが動員されており、武器を構えているものもいる。おもちゃの武器だが。何かこの先にいるものは、危害を加えてきたり、戦うべきものだったりするのだろうか。近づくと、ここは危ないから下がっていろ、と叫ばれ、やつが出てくる、といった声も聞こえる。
不可解なのは、彼らが破ろうとしている壁にある白い詰め物は、先ほど見た白い望(モチ)のようだということだ。あれは彼らだけの能力であるはずで、彼らが能力で詰め物をし閉ざしたとして、また破ろうとしているのはひどく不可解だ。
幾度となく大弓を突きつけた後、白い詰め物がわずかに動き始め、塞がれていた穴が開かれようとした頃、異変が起きた。激しい振動と轟音と共に、詰め物の周囲の壁が崩落し始めたのだ。私や他のうさぎたちが岩に潰されそうになったその時、思わず閉じた瞼の裏で、巨大なバットが唸り風を切るような音がして、岩はすべて吹き飛ばされた。壁に飛ばされた岩が激突していく。とめどなく衝突音が響く。それも止んだ頃恐る恐る目を開けると、巨大な腕があった。その腕に沿って見上げると、巨人がいた。その上に青空。
2、3mはあろうかというほどの巨人。しかしひどく痩せている。その右の拳は血が流れていて、もしかしてだけど岩を吹き飛ばしてくれたのはこの腕なのだろうか。
閉ざされていたこの部屋は、天井に大穴が空いていて、私はこのアンダーランドにきて初めて空を見た。空には雲。そして未だ見たことのないほどの大きさの、無数の蔓を垂らす緑色の豆の木があった。天に向かってまっすぐに伸び、その幾つもの幹が絡み合った胴回りは果てしなく大きく、一国を築けるほどだろうか。まさしくその木はこの世界そのものといった風格を感じさせた。遥か天高く、豆の鞘が見えるが、何百メートルも離れてなお、手元のえんどう豆のような大きさだ。その少し下には豆の鞘を見上げるように、島のようなものが木に絡みついて見える。
豆の木の巨大さに呆気にとられ、そこまで確認したところで、目の前の巨人が怒りに染まっていることに気づいた。腕を大きく振り、私たちを追い出そうとしている。この、空を臨む部屋から。
うさぎたちは縦横無尽に逃げ回り、私も巨人から逃れるべく逃げる。巨人の一挙一動は風を起こし、砂煙を巻き上げ、私は砂を噛んでしまう。必死に逃げるがしかし、崩れた岩に足を取られこけてしまった。転んで目の前に迫った地面に、大きな影が落ち、振り向くとそこに巨人の手があった。私を摘もうと近づくその手を、赤い火の玉が払った。見つめるとそれは、その身を赤く燃やした「赤毛のうさぎ」だった。炎を纏い、飛ぶうさぎ。おそらく、私がこの世界に来て初めて見た、赤毛のうさぎだ。
「アンだ!」ざわめき出すうさぎたち。こいつが、「アン」なのか。赤毛のうさぎ、アン。
そのまま巨人と赤毛のうさぎは争いを始めてしまった。巨人は大きな腕を振るい、赤毛のうさぎはそれに劣らぬ爆炎を放つ。洞窟の壁面にヒビが入り、そのヒビさえも舐めとるように焼き尽くされる。その戦いはわずかな青い空の下で行われ、何者をも寄せ付けず、そしてついに終わりを迎えた。巨人がこちらに左の手のひらを向けたかと思うと、その手のひらは輝き、次の瞬間白い何かで大勢のうさぎたちと一気に押し出されたのだ。
その白いものはうさぎたちがその固有の力によって生み出していた望(モチ)であり、左の手のひらで輝いたのは、印(スタンプ)だった。
巨人以外の全てのものが、巨人の望(モチ)によって押し流されようとした時、誰かが叫んだ。
「その力を、返せ」
叫んだのは、長老うさぎだった。
ZUNDERLAND 詩遊 灯郎 @acrobat13kennon
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