第2話 餡&餡,&印
目を覚ますと、たくさんのうさぎに囲まれていた。炎を放つ赤毛のうさぎに助けられた後、私は気を失ってしまったらしい。うさぎたちは子供の背丈ほどもあり、毛の色は白。赤毛のうさぎとは違う色だった。
「ようこそアンダーランドへ。君は『上』から来たのかな?名前は?」
倒れている私に、年を召したうさぎが話しかけてきた。
「私は沈田(ずんだ)、沈田ありす。ここはどこ?夢の中?喋るうさぎは見たことないし、火を吹くうさぎをさっき見たし。」
「火を吹く…!」
あんだ、あんだ、と周りのうさぎがざわめき出す。餡?あんこか?
「…それはひとまず置いておこう。どうやってここに来なさった?なぜ人の姿で?」
「黒い泥棒を追いかけていたら闇に呑み込まれてここに着いていた。さっきも闇にのまれそうになったところを、赤いうさぎが助けてくれたみたい。」
あんだ、やっぱりあんだ、あんとあんだ。またざわめき出す。餡&餡?
「その闇は下から這い上がってきただろう。それは『三途の黒餡』。別の世界をもつなぐといわれているが、真相はわからない。飲み込まれて戻ってきたものがいないからじゃ。」
「赤いうさぎは?お礼を言いたい。」
「それはそのうちわかるじゃろう。今は休むといい。腹も減っているのではないかな?」
そう言われて、腹が減っていたことを思い出した。年を召したウサギが若いウサギに手を振って指示をし、パンのようなものを持って来させた。あさましくも手を伸ばそうとすると、年寄りうさぎはパンを引っ込めた。
「おっと、ただでとは言わん」
それはどちらかと言うと私のセリフだろ。何太っ腹感出してるんだ。それはただのケチだぞ。
「君がどこから来たのか。それが知りたい。君がいたところの『価値ある』ものを見せてくれないじゃろうか?」
回りくどい表現だ。
「金、ですか。」
「まあ、それがわかりやすいじゃろう。」
明朗会計ってことか。いくら払おうか考えながら財布をポケットから取り出そうとしたとき、
「あつっ」
何か熱いものが手に触れ、財布を落としてしまった。音を立てて散らばった小銭は、燃えている。
「なんで!?」
「『価値償却の炎』…。やはり君は、別の世界から来た者なのか。」
呆然と燃える小銭を見つめる私に、年寄りうさぎは説明を続ける。
「別の世界から来た物が、この世界にて価値を損なったとき、燃えるのじゃ。ただし燃えると言っても焦げたり焼失したりはしない。しかし燃焼が終わった後には」
燃え終わった小銭には焦げ跡も何もなく、しかし、なぜか私には石ころ同然の価値のない物に見えた。
「価値はこの世界での価値に修正されているのじゃ。」
落ちた硬貨を拾い上げた。さっきまでの熱は嘘のように消えていて、だがしかし手にはヒリヒリとした痛みと熱の感触が残っていた。まるで手が嘘をついているかのように。手をさすってみた。
「熱かったかい?燃えないと言っても、熱と痛みは残るからの。」
硬貨が燃え、熱は残るが焦げもしない。この不可解な現象や、話すうさぎたち。これらのことから、ここが別の世界であるということに疑いはなかった。そうだとしたら気になるのは、どうやったら元の世界に戻れるのかということだ。当然年寄りうさぎに聞いてみたが、満足のいく回答は得られなかった。ただし、この世界に飛んだ時のことを再現すれば、元の世界に戻れる可能性があると言うことだった。理屈はそうだろうが、どうすればいいのか皆目見当もつかなかった。
途方に暮れていると、うさぎたちがぞくぞくと集まり始めた。洞窟内の広場のようなこの場所は、小さな教室ほどの大きさはあるが、そこを埋め尽くすようにうさぎたちがいた。20、30人くらいだろうか。すると年寄りうさぎは思い出したように、まあこれでも食べるといい、とその辺においたパンを指差し言った。私が途方に暮れているのをただ待っていたわけはあるまい。その辺において忘れていたのだろう。私はそれを、わざわざ口には出さないが。
パンが年寄りうさぎから私の手に渡ろうとした時、パンは二つの手を通り抜け、落ちようとした。年寄りうさぎが手を離すのが早いのだ。
文句を言う暇もなく、パンが地に落ちるその時、地面の方から白い机がにょきっと生えてきた。パンは地に落ちることなく、白い机の上で安定した。何が起きたのかと問いかける目を年寄りうさぎに向けたとき、その後ろに得意満面な幼いうさぎがいるのが見えた。その右腕はこちらに手のひらを向けていて、その右肩には何か拳くらいの大きさのハンコのようなマークが光っていた。
「これ!むやみにもちをつくんじゃない!」
年寄りうさぎは声を上げ、幼いうさぎは逃げていった。
「今のは…」
私が問うと、
「まあ答えねばなりませんかな。今のは我ら『もちつき族』の力、『印(スタンプ)』じゃ。
望(モチ)をついて物体を作り上げる。今のところはそれでよろしいかな。これ以上は余所の者にはちょっと…。滅多に力を見せるなといつも言っておるのじゃが。まああなたには大した力はなさそうなので構わない…。おっと、気を悪くしないことじゃ。」
年寄りの口が滑るのは、人でもうさぎでも変わらないらしい。
「まあ貴方はお客様として迎えよう。大した力も無…、まあそれはいいとして、誰かこのものについて案内してやってくれ。」
手を挙げたのは若いうさぎ。文字盤の上半分が黒い変わった時計を持っている。
「針(ハリー)か。まあいいじゃろう。じゃが…あんには入れ込みすぎないことじゃ。」
また、あんだ。黒餡のことなのだろうか。
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