天国に行きたい

ウワバミ

第1話

 とある高名な占い師のもとに一人の男が訪ねてきた。男は開口一番にこんな問いを占い師に投げかけたのだった。

「私は天国に行けるのでしょうか?」


 この男は天国に行くということに関して異常なほどの執着を持っていた。男は現世に絶望していた。なにか悲劇的な出来事があったとかそういうわけではないが、あまり幸福には恵まれず、味気ない毎日を送るうちにそう思うようになった。

 そのため、男は現世を仮の世と考えるようになり、天国に行くための修行の場であると捉えるようになった。天国を悩みなど一切生じることのない理想的な場所と考え、そこに行くための努力を欠かすことがなかった。

 しかしそんな中で男は少し不安を感じ始めていた。自分は本当に天国に行くことができるのだろうかと。天国に行くためだけに人生を送り、そのためならどんなことだって厭わずにこなしてきたので、自分は天国に行けるのだという漠然とした自信はあった。しかし、天国に行けるという保証がどこにもないなかで、あと何十年もの歳月を死ぬためだけに生きるのは辛かった。そこで占ってもらうことにしたのだ。


 占い師はこの依頼を受けいれ、男が天国に行けるか否かを占い始めた。男にいくつかの質問をして、カードや水晶などといった、いかにも占いと言われれば思い浮かべるような小道具を一通り試した後に占い師は口を開いた。

「あなたは地獄行きです」

「え······?」

 男は最初、占い師が言ったことが理解できなかった。天国に行くことだけを楽しみに生きてきただけあって、男のショックは並一通りのものではなかった。

「私は、天国に行くために人生を捧げてきたといっても過言ではありません。なのになぜ私は地獄行きなのでしょうか?」

「申し訳ないですが私にも理由までは分かりません。ただ、私ができる全ての方法で占いましたが、その全てで地獄行きという結果がでました。何かご自身に心当たりは無いんですか?」

「ありません。私は天国に行くことだけを考えて善行を積み重ねてきましたから。善い行いをすれば天国に行き、殺人や窃盗などの悪い行いをしたら地獄に堕ちるということで間違いないですよね?」

「ええ、その解釈で正しいと思います」

「では、なおさら私が地獄に堕ちる理由が分かりません。先程も言ったように善行を積み重ねてきたのはもちろんのこと、私はいかなる悪行にも手を染めたことはありません。殺人はおろか虫一匹殺さないように努めてきました。家の中によく蜘蛛が出るのですが、そいつらを殺すことなく必ず家の外に逃がすことにしています。ほら、芥川の小説でも蜘蛛を助けた男をお釈迦様が救ってくださる話があるじゃないですか」

 占い師は黙って男の話を聞いていた。

「もちろん、窃盗を犯したこともありません。むしろ、落とし物があったら積極的に交番に届けていました。五円玉が一枚だけ落ちていたときも、もしかしたら落とし主が困っているかもしれないと思い交番に届けました。お巡りさんには少額だったら届けなくてもいいと言われてしまいましたが」

「なるほど、確かにそれだけ徹底的にしていたら天国に行けるはずです。では、もう一度占ってみますか」

 占い師はそう言って、さっきよりも真剣に男について占ってみたが、決まって占い結果は地獄行きと出るのだった。

「そんなはずはありません!もう一度ちゃんと占ってください」

 男は悲痛な声でそう懇願した。しかし、何度占っても結果が変わることはなかった。

 男は深く絶望した。天国に行けないということは、これまでの男の人生を拒絶されていることと変わりはなかった。

 人生をどぶに捨ててまで天国に行くための努力を続けてきたのに。そんな自分が天国に行けないはずがない。この占い師がでたらめな占いをしているに決まっている。自分が地獄に行くなど認めたくないという気持ちから、男には占い師に対する疑念が芽生えていた。そしてその疑念が膨れあがり、やがて狂気に転化されるのに時間はかからなかった。

「ふざけた占いしやがって!俺が地獄行きなわけがないだろ!お前なんか殺してやる!」

 男は占い師の首に手を伸ばすと、そのまま絞め殺してしまった。


 





 男の地獄行きが確定した瞬間であった。

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