家鳴りのする家

尾八原ジュージ

家鳴りのする家

 長年飼っていた黒猫が老衰で死んでから、酷い家鳴りがするようになった。


「猫は魔除けになるっていうじゃない」

 夕方、祖母の見舞いにきた従姉が言った。「猫がいた間は抑えられてただけでさ、元々何かいたんじゃないの? この家」

「ちょっと、変な冗談はやめてよ」

「いや実はね、まるっきり冗談言ってるわけでもないのよ」

 お喋りをしている間にも、家のどこかが悲鳴のような音をたてて軋む。本当にうるさいねぇと言いながら襖を開けた従姉が、廊下の奥を見て「あっ」と声をあげた。

「ごめん、帰る」

 祖母の好物の河童巻を置いて、従姉は逃げるように家を出ていく。

「猫ねぇ、また猫を飼おうか? おばあちゃん」

 わたしは祖母に話しかける。祖母はベッドの中でもごもごと口を動かす。近頃めっきり元気がなくなって、寝たきりの日が増えた。


 真夜中、寝ていると廊下からギィ、ギィと音がすることがある。

 わたしと祖母だけの家なのに、別の何かが家の中を歩き回っているみたいで気味が悪い。とはいえ夜中に歩くようなものは何もいないはずだ。きっと家鳴りだろうと決めつけて、わたしはもう一度目を閉じる。

 翌朝、水びたしの足音が廊下についているのを見つけて、わたしは悲鳴をあげそうになる。でも、祖母を不安がらせてはいけない。

「河童でも歩いたのかしらね、昨日は河童巻があったから」

 廊下を拭きながら必死で戯けてみせる。誰も応えない。祖母は眠っているのだろう。またふたりぼっちの一日が始まる。


 父は単身赴任で、母はずいぶん前に亡くなった。弟も遠い土地で就職し、もう何年も帰ってこない。もう祖母の世話をするのはわたししかいない。

 祖母はとても無口でおとなしく、日がな一日眠っている。よく晴れた日の午後、この家は時間が止まってしまったように静まり返ることがある。永遠にこの家から出られなくなるような気がして、わたしは無性に叫びたくなる。


 真夜中、またギィ、ギィと音がする。今日は随分うるさい。きっとただの家鳴りだろうけどこういうのは気分よね等と呟きながら、わたしは廊下の隅に日本酒と盛り塩を置いた。

 数時間後、酒は灰色に濁り、塩の山は溶けて崩れている。私は背筋の冷たくなるような悪意を覚える。右耳のすぐ後ろから、押し殺したような笑い声が聞こえる。

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