019 ヴォイドアウト

 

「まるで日の出じゃないか……」

{はい、おっしゃるとおりです。そして太陽を観察したこれらの情報から仮説を立てました……}


 ロランは膝を立て、その上に肘をついて前のめりに聞き入る。


{この惑星は、いえ、この地は超空洞ヴォイドに中にあると考えられます}

超空洞ヴォイド……。聞いたことがあるな。たしか、宇宙の無が広がる空間だったか……」


 ロランが確認するように言葉を返す。


{おっしゃる通りです。宇宙はビッグバンの直後、膨大な重力を生み出しました。それに対抗するかのように、暗黒ダークエネルギーがせき力として働き、宇宙を膨張させています。その力が引き延ばされた無の空間こそが、超空洞ヴォイドなのです。そして、例の重力波が発生していた場所は、いくつもの宇宙の間で力が引き合う地点だったのでしょう。その結果、空間が限界まで歪み、特異点が生まれたのだと思われます}


 ロランは頭を抱え込みながら、エリクシルの言葉を理解しようとする。

 彼女はホログラムで視覚的にシミュレーション映像を映し出した。


{……私たちはその特異点に巻き込まれ、亜空間動力炉が反応し対消滅ヴォイドアウトしたかと思いましたが、幸運にも無事でした。つまり、あの特異点は異次元への入口だったのです。真夜中、暗闇に浮かぶ光は、恐らくその入口を通過したものと思われます}


 映像を見つめるロランは、さらに理解を深めようと時間をかける。


「亜空間動力炉は重力波を利用して推進力を得ている、そうだよな?」

{はい、その通りです。亜空間動力炉と反応しその歪みが大きくなり、そこを通過、いえ、落下したものと考えています}

「落下……か。確かにそう聞くと納得だな。上に見えていた太陽が、実は次元の入口で、そこから漂流してきたってことか?」


 ロランは鋭い視線で映像を凝視し、理解を確認するかのように声を漏らす。


{そうです。太陽が消える時間、つまり暗闇が広がる間こそ、次元の狭間が開いている状態だと考えられます。現時点で観測できたのは、私たちの船が24時から1時の間に通過したという事実だけです }


 映像のタイムスタンプから、知り得た事実。

 次元の狭間を船体が通過する映像が流れる。


{……そして私たちもその特異点を通じて、超空洞ヴォイドの地に落下、あるいは転移したのでしょう、落下したのであればわたしたちは無事ではありませんし、船体はもっと損傷しているはずですからね }

「……落下したように感じるが、実際には転移した……か。どちらにせよ、元の場所に戻るには、あの超空洞ヴォイドの入口、つまり出口へ向かって船を出るアウト必要があるわけだな?」

{その通りです}

「どっちにしろ、燃料が必要だってことは変わらないんだな」


 エリクシルが静かに頷く。

 ロランは絶望的な表情を浮かべ、俯いた。

 宇宙を超える広がりを前に、途方もない現実が彼にのしかかる。しかし、燃料が必要なこと、それが唯一の脱出手段であることを理解した。


「……そういや、惑星を『この地』と言い直したのは?」

{十分な質量を持った球状の天体、という定義にそぐわないためです。この地は次元の狭間を通過した場所。便宜上、ここを『超空洞ヴォイドの地』と呼称します。そして、太陽が物理法則を無視して動かず、電灯のように照らしていたことについては、今のところ説明がつきません}


「……そうか」


{この地は、自由浮遊する惑星の可能性もありますが、少なくとも風が吹き、重力が存在します。つまり自転していると考えられ、球状を保っていると推測されます。しかし、その球体の内側に私たちは存在しているのです。惑星を裏返しにしたような構造と言えば分かりやすいでしょうか……}


 エリクシルが映し出したホログラムは、球体の中心に入口があり、その内側に大地が広がっている様子を描き出す。


「……大地が宇宙のように広がる……。真上に行けば、また陸地があるということか?」

{はい、理論上ではその通りです。具体的な広さは測定できませんが、計り知れない未開の大地が広がっている可能性があります}


 ホログラムが再び映し出される。

 球体の中心に存在する入口と、その内側に広がる大地が描かれていた。

 外側ではなく、内側に位置するロランとエリクシルの姿を模した人形も表示されている。


「……じゃあ、この大地の下には何があるんだ? ……マントルか? その先はどうなっている?」


 ロランの問いにエリクシルは少し間を置いてから答えた。


{見当がつきません……。通常の惑星ならば核が存在するはずですが、現段階では何とも言えません}


 ロランは考え込むように視線を落とすが、次の疑問を口にする。


「もう一つ、フォロンティア・ミルズの輸送艦についてだ。あれが今年不時着したというのはどういうことだ?」


 エリクシルは少し躊躇した後、申し訳なさそうに答えた。


{全ては憶測に過ぎませんが……}

「いや、エリクシル。お前の説明は助かっているよ。続けてくれ」


 ロランの励ましを受け、エリクシルは再び口を開く。


{重力波に巻き込まれる前の日、統一星暦996年9月3日の11時4分に救難信号を検知しました}


 ロランはその日付を聞いて眉をひそめた。

 思い出そうとするが、寝ぼけていたため救難信号を無視した記憶すら定かではない。


「確か……救難要請応答をオフにしていたんだったな……?」

{その通りです。通知されなかったことも報告されています}


 ロランはふとその事実に気づき、大きな声を出した。


「そうか……それがさっきの輸送艦だったのか! でも待てよ、そうだとすれば、今年墜落したという話と辻褄が合うな……」


 エリクシルは静かに頷き、言葉を続けた。


{厳密には墜落ではなく、私たちと同様に不時着したものと考えられます。重力波に巻き込まれた際、次元の狭間を通り異なる時間軸にたどり着いたのではないでしょうか。時間軸が異なりますが、同じ座標を通過したことで、残骸と私たちの船の距離が近かったのかもしれません}


 ロランは残骸の劣化を思い出し、納得したように頷く。


「時間軸が……数百年ずれていた……」


 エリクシルも再度頷く。


「つまり、今回は偶然に漂流船が不時着するのを観測できたが、次に何かがあの穴から降ってくるのは、もしかするととんでもなく先のことかもしれない、というわけだな?」

{はい、その可能性は十分に考えられます。今後の観測次第ですが、頻繁に起こるかもしれませんし、偶然かもしれません}


 ロランはため息をつき、カウチに身を沈めながら話を続ける。


「燃料を集めてあの穴を通っても、元の時代に戻れる保証はないわけか……」


 その言葉には、元の時代に戻れないかもしれないという絶望がにじみ出ていた。


{その通りです。次元の狭間がどうなっているのかは全く予測できません。元の座標を特定するのも困難で、また時間は不可逆的です。ですから、亜空間航法で次元の狭間を通り抜けても、過去に戻ることはできません。少なくとも元の時代よりも未来、数年、あるいは数百年先に進むことは考えられます。逆に過去のものが今この瞬間に現れる可能性さえあります}


 エリクシルの言葉を聞いたロランは、両手で顔を覆う。

 その様子を見て、エリクシルは何かを察したように口を開いた。


{……お父様と妹様を探していらっしゃるんですね……?}

「……あぁ……」


 ロランは静かに頷き、顔を上げた。


 彼の父と妹は、仕事で他の惑星へ向かう途中で行方不明になっていた。

 それ以来、ローグ家の運命は転落の一途をたどった。

 彼がこの場所から脱出できたとしても、もし数百年が過ぎ去っていれば、その探し物はもう過去のものになっているだろう。


「本当に……ついていないな……」


 ロランは重いため息をつく。

 そして、自分が負の連鎖に陥っていることに気づき、首を振って雑念を払った。

 まずは脱出の方法を考えねばならない。その決意が新たに固まる瞬間だった。


「……希望を捨てるな、だな」


――――――――――――――――1章 完


ヴォイドの図解。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330666254652631

対消滅についての補足ノート

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093073535968475

亜空間航法エンジンについての補足ノート

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093073535969581

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