マイルストーン

018 太陽の残響★

 

 この地に降り立ってから、二人で初めて笑い合った。


{あははは、はぁ…………。笑うと元気が出ますね}

「そうだな、楽しいよ」


 その余韻を感じながら、ロランは手にした浄水ユニットを見つめ、ふと疑問を口にした。


「そういえば、なんでこれは劣化してないんだ……?」

{確かに、それも劣化していてもおかしくありません。調べてみる価値がありそうですね}


 ロランは浄水ユニットを裏返して中を覗く。

 そこには使用感は少なく、驚くほどきれいな状態が保たれていた。


「うーん、とりあえずコーヒーでも飲んで考えるか。あと太陽についての報告も聞かないとな」

{承知しました}


 日々のルーティンを欠かさず、ロランは浄水ユニットを研究ラボに置き、分析をエリクシルに任せるとキッチンへと向かう。

 彼は愛用のコーヒーマシンでダブルエスプレッソを作るため、エクセルシオールブランドの深煎り豆をセットし、淹れたてのエスプレッソを一息に飲み干した。


「やっぱりうまいな」


 コーヒーがロランを一時の郷愁の念に駆ると、次第にそれも落ち着いていく。

 ロランはマグカップを洗浄機にしまうと、船主席へと向かった。


「エリクシル、浄水ユニットと太陽の件なんだけど」


 エリクシルは映像をホログラムに映しながら、浄水ユニットの劣化がないことについて説明を始めた。


{まずは浄水ユニットですが……。期待された回答はご用意できていません。現在"劣化したもの"と"そうでないもの"という情報以外にはなにもなく、予測の立てようがないのです}

「うーーん、そうか、そうだよな。今後情報が手に入りそうな気もしないよな。ありがとうエリクシル。んじゃぁ太陽の報告も頼む」


 ロランは少しがっかりしたように見せたが、手の打ちようがないことは分かっていたのだ。そして次の報告をエリクシルに求めた。


{はい、昨晩から太陽を観測した映像です}


 ホログラムに映像が映し出される。


{太陽が徐々に光を失う様子です。19時から20時前後の様子です}


 太陽の夕焼けのように赤い光が徐々に薄れていくと、太陽のあった空間に煌々と小さく光る星や青白い恒星が浮き上がってきている映像が流れる。


「……一応は日の入りのようなものがあったんだな、あの時は太陽が光を失って真っ暗闇になると思って焦って帰ったもんだが」

{はい、21時過ぎにはこのように"夜"と言えるものが存在していました}


 青白い恒星が月明かりとして機能している様子が映し出される。


{続いて24時に一度真っ暗闇になります。この真っ暗闇は1時まで続きましたが、まずはこちらを……}


 ホログラムの映像には煌々と小さく光る星や青白い恒星が一瞬で消滅し、月明かりが消える。

 映し出されているのはまさしく無であった。


「ホログラムが故障しているわけじゃないんだよな……?」


 ロランが疑うのも仕方のないくらいに何も映し出されていない。


{ここを見てください}


 エリクシルは棒でホログラムの1点を示した。

 真っ暗闇の中から、かすかに点滅するものが浮き出てきているように見える。

 それは規則正しく点滅し、ふらふらと遠ざかって行った。


「……真っ暗闇になるのも訳が分からないが、それはなんだと思う?」

{両脇を規則正しく点灯する光から、わたしは船の衝突防止灯なのではないかと考えています}

「ほかの船が俺たちみたいに不時着しているかもしれないのか……」

{もうひとつこちらも確認して下さい。この真っ暗闇の1時間では……}


 エリクシルがホログラムの映像を切り替えると、船の真上から見下ろした俯瞰視点を中心に円形にセンサーの範囲が表示される。

 不気味の森のうろの木辺りから、赤い点が湧き出し動き回っているのが映し出される。

 赤い点はしばらく動き回り、1時を過ぎた途端にうろの木へと向かって姿を消した。


「あのうろの木にはなにかあるとは思っていたが……」


 ロランは一度鼻の頭に触れると、両手を頭の上に置いて背もたれに寄り掛かった。


{同様に太陽に関しても物理法則は無視されており、奇妙な挙動をとっています。取ってつけたように湧いた星々と青白い恒星ですが、これがまた興味深いのです}


 ホログラムには一定の範囲内を青白い恒星が僅かずつ動いている様子が繰り返し映し出される。 


{そしてうろの木から湧き出るものは、コブルとは異なるエーテル濃度反応を示しています。そしてこのように1時間程徘徊しています}

「あのうろの木は何らかの生物の住処ってことだよな……。そして真っ暗になると活動を始める。……夜の住民……か」

{得体が知れないので大変危険でしょうね。センサーとうろの木に関しての報告は以上です。そして1時以降の映像を流します。}


 1時になった途端に煌々と小さく光る星や青白い恒星が浮き上がり、真っ暗闇から"夜"の灯りに戻る様子が流される。


「そのシーンを繰り返し再生してくれ」


 眉間にしわを寄せたロランがエリクシルに頼む。

 エリクシルは頷くと、ホログラムに星々や青白い恒星が浮き上がる様子が何度も繰り返される。


「…………どうなってるんだ?」

{原理については全く不明です。次の映像です。24時から1時までの真っ暗闇の時間を除いて、青白い恒星が月明かりとして機能していた"夜"は20時から3時まで続いていました。そして3時以降はこれまたどういう訳か、再度太陽と思わしき光が出現し徐々に明るくなっていきます。青白い恒星と星々は徐々に薄れ6時には観測できなくなりました。その間も太陽と思わしきものは明るくなっていきます。そして今現在の様子です}


 ホログラムで時間の経過と共に夜が明け、空が明るくなっていく様子が映し出される。

 そして現在、それは太陽のようにさんさんと光を振りまいている。


「まるで日の出じゃないか……」

{はい、おっしゃるとおりです。そして太陽を観測したこれらの情報から仮説を立てました……}


―――――――――――――――

コーヒー会社のロゴとSS。コーヒーにうるさい話。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330665475316678

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