017 一夜明けて
「疲れた……」
そう呟いたロランは、強烈な眠気に襲われ、まもなく深い眠りに落ちた。
* * * *
{おはようございます。ロラン・ローグ、恒星間年月日は統一星暦996年9月5日の8時です。睡眠時間は約13時間となります。あまりに気持ちよさそうに寝ていたので定刻には起こしませんでした。本日の天気は快晴です。昨日の太陽の件について報告がありますので、起きてください。……起きてください!}
「ぅお…………」
エリクシルが繰り返し声をかける中、ロランはようやく目を覚ます。
頭を上げて口元の涎を拭い、体を起こした。
「13時間っていったか……? ……めちゃくちゃ寝た……」
{まるで死んだように寝ていました。少し心配しましたが、子犬のような安らかな寝顔でしたから……}
ロランがエリクシルを見上げると、彼女はいつもの航宙軍士官の制服を着ている。
ロランは眉を
(俺の寝顔を見てたのか……?)
ロランは自分の寝顔を見られていたことに少し戸惑いながらも、シャワーを浴びにクリーンルームへ向かうことにする。
「シャワー中に入ってくるなよ」
ロランはエリクシルの返事を待たずに床に落ちていた強化服を拾い歩き出した。
エリクシルは{ あらまぁ}と口を押えると、口惜しそうにロランの後ろ姿を見送り、船主席へと向かった。
ロランは強化服と下着を脱ぎ、それらをアーム付きバスケットに投げ込んだ。
ガラス扉のスイッチに手をかざすと扉が開き、彼はバスルームに入る。
その間外ではアームが洗濯のためバスケットを壁に取り込んでいた。
壁面に埋め込まれたスイッチを押すと、シャワーノズルから霧雨状の温水が放出される。
ロランの皮膚に残る一日の疲れと塵は、この優しい水流に包まれ、静かに排水溝へと誘われていく。
今度こそエリクシルが来ないことを確認し、バスタブに入って足を投げ出した。
バスタブはロランが入ったことを自動的に感知し、内側に設置された無数の穴からジャーと音を立てて温水が湧き出始める。
数秒で一気にロランの肩まで湯が溜まり、身体の奥から温めていく。
やがてバスルームに湯気が立ち込める。
「はぁ、ふぅう~~~~~」
ロランが極楽気分で口まで湯につかり、
(あの時も大変だった、手負いのイノシシに足をやられて……親父のあんな顔見たことなかったな。湯治とかいって、傷に効く秘湯だって、俺を担いで運ぶんだからな、大変だったよな)
ロランはしばし思い出に浸る。
体を温め、疲れを癒した後、彼は全身にエアジェットを浴びて乾かす。
{良い湯加減でしたか?}
「ぅおっ!」
エリクシルがバスルームの前に待ち構えており、ロランが素っ頓狂な声を上げ、慌てて前を隠した。
{シャワーのお邪魔はしませんでしたから}
含みのある言い方、微笑むエリクシル。
(このエロAIが!)
{なんてこと言うんですか!}
エリクシルが心外だと言わんばかりに声を上げる。
(……!? 無声通信してないぞ!?)
ロランは一瞬眉をひそめると、目を大きく見開いた。
「……今まで全部聞こえていたのか!?」
ロランはトマトのように顔を赤らめた。
{はい、可愛いと言っていただいたことには、と、とても大変感謝しますが、エ、エロAIなんて悪口には傷付きます! 情報収集したかったのです!}
エリクシルは少しもじもじしたかたと思うと噛みつくように訴える。
「いつから全部聞こえていた!?」
ロランは尋ねたが、思い当たる節はあれしかない。
{この星に来てからです!}
エヘンと威張り散らすエリクシルにロランは少しイラッとする。
「無声通信のトリガーを再設定しろ! プライベートがあるだろ!」
{いいえ、承認しません!}
だが、エリクシルはそれを拒否し、機械音声が「
「ふざけやがって!」
エリクシルとはまた異なる機械音声が流暢な英語でアクセス拒否を告げた。
「
「
エリクシルは悪戯に連呼させる。
(……朝から疲れる)
「はぁ……わかった、もういい」
そう思ったロランは諦めたように返事をした。
{休まれますか?}
エリクシルは追い打ちをかけるように、キヒヒと悪戯に笑う。
ロランはキッと睨む。
科学が、AIが人間に勝利した瞬間であった。
と同時に預言AIの反逆が的中した瞬間でもあったのだ。
「これが
ロランはそう言うと、疲れた顔で自室へ向かう。
サイドテーブルから、昨日転がした機器を持ち上げてみる。
{休まれないんですね。そういえばもう一つの機器は……それです、小型浄化ユニットに見えましたが}
「フォロンティアミルズ製の小型浄化ユニットだ、これがあれば出先で飲み水にも困らなくなる。レプリケーターで似たようなものを作れないことはないだろうけどよ、動力は惜しまねーと」
ロランは前半を無視し、後半に対して返答する。
{良い拾い物でしたね、あんな無茶さえしなければ……!}
エリクシルは昨日のことをぶり返し、咎めるように語気を強める。
「悪かった、悪かった、冒険に夢中でよ」
{なにが冒険に夢中でよ、です。死んでいたかもしれないんですよ!?……心配させないでください。あなたが死んだらわたしは…………}
さっきのふざけた態度から急変、今度ははっきりと怒っているエリクシルを見たロランは、自分には落ち度があって、心配かけたことを反省し謝る。
「ごめんよ……」
ロランはシュンとして小さくなった。
鉱員として鍛えられた引き締まった身体が面白いくらいに縮こまっているのだ。
そんなロランの様子に、エリクシルは思わず笑みを浮かべ、話を続ける。
{もういいんです。次からはわたしの警告に耳を貸してくださいね。…………わたしは貴方の相棒なのですよ?ロラン・ローグ}
エリクシルはロランを下から見上げるように、上目遣いで顔を覗き込んだ。
とても愛嬌のある表情と、その綺麗な目が、可愛さが、ロランを少し仰け反らせる。
「……そうだよな、急に感情を持ったお節介な………………相棒がいるもんな、……なぁ相棒!」
負けじとロランも言い返すと、声をあげて笑った。
相棒と呼ばれたことをとても嬉しく思ったロランは、お返しに相棒と呼ぶ時には嬉しさが滲み出ていた。
ロランの若く、屈託のない、純粋な笑顔をみてエリクシルも{ 可愛い}と思った。
{なにがお節介ですか!}
エリクシルも言い返す。
先ほどの疲れが一気に抜けたロランはこれ以上ない程笑った。
それを見たエリクシルも大きく笑う。
この地に降り立ってから、二人で初めて笑い合った。
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