016 帰路と太陽


「この残骸は最近不時着したってことか!?」


 ロランの声には、困惑と驚きが混じっていた。

一方で、エリクシルは発言が揃ったことに興奮した様子で微笑みながら答えた。


{今、揃いましたよね!}


「わかったわかった!それはいいんだが、輸送艦は数百年の劣化だって言ってたよな?」


{はい、そうです。ですが、最近不時着したものにしては、この劣化具合は非常におかしいのです。にわかには信じがたい話ですが……ただ、辺りが暗くなってきました。移動を提案します}


「訳がわからん……頭も回らねぇ!」


 ロランはバーと謎の機器をポケットに押し込み、ぶつぶつと呟きながら足早に歩き始めた。

 そして思い出したようにバーの封を切って一口かじった。


 ジャリッ……

「うぇっ、ペッペッ!やっぱりこれも食えねぇのか!」

{すべて劣化していたようですね}


 険しい顔をしながらロランはバーの砂のような残骸を吐き出し、浄水ボトルで口をすすいだ。

 口の中の不快感が消えたところで、エリクシルが何かに気づき、彼を呼び止めた。


{ロラン・ローグ……! やはりおかしいです。この星は……!}

「なんだ?」


 ロランが怪訝な顔をして振り返ると、エリクシルが空を指差しながら答える。


{太陽のが……変わっています!}


 ロランは天を仰ぎ、太陽が橙色に輝いているのを確認した。

 光の色だけが変わり、影の位置には変化がない。

 不気味な現象に、ロランは驚愕した。


「まっじかよ……なんなんだこれは……!! ダイイングスター星の死かっ!?」

{通常、恒星の色の変化は惑星の死を示しますが、ここではその兆候はありません……}


 エリクシルが冷静に説明するが、ロランはますます困惑する。


{この惑星が太陽の衛星として一回転するとき、自転も一回転するならば、太陽の位置は変わらず、永遠の昼が続く側と、永遠の夜が続く側に分かれます。しかし、これほど不自然な光の変化は説明がつきません……}

「夜……いや、暗くなったらどうなるんだ?」


 ロランは言葉を詰まらせながら問いかける。


{光源を失えば、完全な闇に包まれる可能性があります}

「……急がないとな。太陽の謎は後回しだ。まずは船に戻る」

{承知しました。強化服の再起動を推奨します}


<強化服・起動> Reinforced clothing, activated.


 ロランはエリクシルの指示に従い、上腕のパッチに手をかざして強化服を起動さる。

 橙色に点滅するパッチがバッテリー残量が33%であることを知らせていた。


(もう電力を気にしていられねぇ。この森の中で真っ暗になれば、何が襲ってくるかわからねぇ!)


ロランは予備の陽電子ポジトロンバッテリーを取り出し、強化服に差し込んだ。

<予備電源を認識> Auxiliary power supply confirmed.

機械音声が予備電源の認識を告げ、バッテリー残量は100%と表示された。


 太陽の光がさらに赤みを帯び、森全体が燃え上がるように染まった。

 遠くから聞こえる不気味な遠吠えに、不安がロランの胸を締め付けた。


 エリクシルの索敵モードで遠吠えしたものの位置を確認しようと思ったが、自身が焦って不安になっていることに気が付き一度冷静になろうと考えた。


(バッテリーの残量もある、もしもの時の武器もある。遠吠えはどれくらい遠いんだ……?)


 ロランは焦りを抑え、自分の状況を整理し、再び生存本能が働き始めた。

 その時、父親から受けた狩りの教えがふと思い出されたのだった。


 *    *    *    *


 「時に物事を冷静に対処するためには、あえて情報を制限する必要がある」元軍人で兵士を指揮する立場でもあった父が言った言葉だ。

 「戦場で無用な情報を与えられた兵士の任務遂行率が下がるように、指揮する立場であっても瞬時の判断に遅れたり、誤った指示を与えかねないのだ。そして情報のすべてを把握することが必ずしも最良の判断を下せるとは限らない。時にそれは躊躇を生み出し、選択を鈍らせる。ロラン、お前はあの鹿に生まれたばかりの子がいると知っていたら迷わず撃てたか?」


 「撃てなかった」


 「もちろん狩りをするうえで子連れの鹿を優先して狙ってはならない。子はやがて成長し新たな鹿を生むからだ。しかし我々の生活のために、農地を守り、森を管理するためには、時には撃つ必要もあるのだ」


 「うん」


 「瞬時に判断を下す時に知らなければ良い情報はたくさんある。お前はまだ鹿のすべてを知る必要はないのだ。だが目を背けるのも、知らぬふりをするのも違う。ロラン、この先よく考えておくことだ。そして今は目の前のことに集中するのだ。集中しろ……」


 *    *    *    *


 ロランは父の教えが脳裏をよぎり、ハッと我に返った。

 目の前に迫っていた木の枝を、間一髪で躱す。


(危ねぇっ! ……そうだ、目の前のことに集中するんだ。遠吠えは近くなってから索敵しても良い)


丘を越えると、かつて見た白い花々が、夕闇に染まり赤く変わっているのが目に入った。夜が迫り、ロランは簡易観測所に戻る考えを捨て、闇が訪れる前に安全な場所を見つけることを優先する。


ピピピッ――アラームが18時を告げる。


「急げ、暗くなる前に……!」


 ロランは丘を駆け下りながら、ふと遠くで上がる狼煙に気づいた。

 しかし今はそれに気を取られず、船へ戻ることを最優先とする。


 ピーーー、ピピッ――上腕のパッチが0%を表示し、赤く点滅する。

 予備の陽電子バッテリーに切り替わったが、森に差し掛かり昼間の明るい道は宵闇に覆われ、異様な光景へと変わっていた。


「暗くなってきた……船の位置をマーキングしてくれ!」


 鬱蒼うっそうとした森の中、巨木が立ちはだかり、その根元には黒い洞が口を開けていた。

 彼の直感が危険を察知し、その場を急いで離れる。


 上腕のパッチが50%を切り、橙色に点滅する。

 やがて開けた場所に出ると、石が散らばったエリアに到達し、ロランは船が近いことを確信する。

 しかし、上腕のパッチは30%を切り、呼吸はますます激しくなった。


(もう少しだ……!)


 森の中、船の照明が見えた。

 ロランは最後の力を振り絞り、船へと駆け込んだ。

 ハッチを開け、飛び込むように中へ入り、バッグを放り投げて座り込んだ。


{19時20分。なんとか真っ暗になる前に帰れましたね}


 エリクシルがハッチを閉じる操作をしながら声をかける。

 ロランは大きく息をつき、心臓の鼓動が強く脈打つのを感じた。


「……太陽がどうこうは、もう考えても仕方ない。この星が普通じゃないってことだけわかればいい」


 彼は現実から目を背けるように話し続けた。


「帰り際に狼煙を見た。明日、コンタクトを試みるべきだ。もしかしたら、他の生存者もいるかもしれない」


 ロランは次々と思考を口に出す。


{私もそう思います。今は休みましょう。私は太陽の観測を続けます。結果は明日にお伝えします}

「わかった、そうしてくれ」


 彼はタラップを昇り、バックパックを放り投げるとベッドに倒れ込んだ。


「疲れた……」


 そう呟いたロランは、強烈な眠気に襲われ、まもなく深い眠りに落ちた。

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