タイムパラドクス

015 レーションの消費期限

 

《……フォロンティア・ミルズ輸送艦……》


 ロランが船体に手を触れた瞬間、壁面がさらさらと砂のように崩れ落ちた。

 砂は風に乗り、空高く舞い上がり、やがて消え去る。


《……朽ち果てているな。いったいいつからここにあるんだ?》

{この劣化具合を見る限り、少なくとも数百年は経過しているかと思われます}


 慎重に進むロランは、船の残骸の中で扉を見つけた。


《中をスキャンできるか?》

{スキャンを実行しました。全体的にエーテル濃度が高いようです。生命反応は反応ありませんでした}


 ロランが扉に手をかけると、またしても砂のように崩れ落ちる。


{ロラン・ローグ、崩落の危険があります。侵入は控えてください}


 エリクシルの警告を無視し、ロランはフラッシュライトを取り出すと扉の向こうへと進む。

 船内は外見に反して比較的無傷に見えた。


《思ったより中は綺麗だが……》

{不時着時の衝撃で内部の骨組みが損傷している可能性があります。早急に撤退するべきです。それにエーテルの影響で電波障害が発生しています。これ以上進むのは危険です}


 エリクシルのホログラムにはノイズが混じっていたが、ロランは前進を止めない。

 無視されたエリクシルは、もどかしそうにその場に立ち尽くす。


「大丈夫大丈夫、ちらっとみるだけだからよ!」


 ロランは手のひらをヒラヒラとし、楽観的に返答しながらながら突き進む。

 エリクシルは{もうっ!}と思い歯痒そうな顔をしたが、ロランには見えていない。


 船内を探索し、小部屋が並ぶ一角に到達。ロランは一つの部屋に入り、倉庫のような空間を見つける。

 腕輪型端末の照明機能を使って周囲を照らし、何か特別なものがないかを探すが、特に目立つものは見つからず部屋を出る。


 船内に風が入り込むと、フレームやビーム梁(はり)、配管がゴンゴンギシギシと軋みをあげて響いていた。

 その音にロランは(まだいけるよな……?)と思うと、足早に隣の部屋を覗いた。

 船内を歩くと内底板がギシギシと音を立てる。

 先ほどと同じような倉庫であると確認すると次の部屋に向かう。

 いくつかの倉庫を確認した後、突き当りの部屋に入るとベッドが置かれていた。


《従業員用の寝床か?》


 室内は荒らされた形跡もなく、2段ベッドは規則正しく8つ置かれ、ブラケットとボルトで動かないように固定されている。

 ロランはそのうちのひとつに近づくと、傍のロッカーを漁り始める。


《食いもんがある》


 ロランは急いでバーや缶詰をポケットに詰め込む。

 次にサイドテーブルの引き出しをあけると、中には何に使うかもわからない雑貨や、クズゴミが散らばっている。

 その間にも船内は軽く揺れたり砂が舞い落ちている。

 一通り調べると、次は隣のベッドのロッカーへと向かい開け始める。

 何かを見つけたロランは思わず叫ぶ。


「こりゃいいやつだ!」


 ロランの声が室内に響いた。

 室内中がゴガガと軋み、崩れた砂がバサバサと降り注ぐ。


「やっべ……!」


 さすがにこの軋み方は不味いと思ったのか、ロランは急いで何かを掴むと体を翻し部屋を駆け出す。

 更に軋みが増し、崩れた砂がザァザァと大きく降り注いでいる。

 ロランは左の上腕部のパッチに手をかざしながら、急いできた道を戻る。


<強化服・起動>


 腕部のパッチが緑色に光ると49%と表示される。

 ロランの脚力がグンと上がり、速度を増す。

 数字をチラッと見たロランは、充電忘れを思い出し、また苦い顔をする。


(いや、足りる!)


 そう思いなおすと、全速力で来た道を戻ると地響きが更に増す。

 長い廊下の先に金色の光が見える。出口だ。

 すんでのところで、扉から脱出をすると、音を立てて残骸が崩れ落ちる。


 辺りを粉塵が包み込む。

 エリクシルのホログラムにノイズが混じる。

 ロランはパッチに手をかざす。


<強化服・停止> Reinforced clothing, deactivated.


 腕部のパッチが橙色に明滅する。

 33%と表示されていた。


{……!…………グ!…………ローグ!…………ロラン・ローグ!警告しましたよね!}


 辺りの粉塵が不思議と舞い上がり、視界が開ける。

 エリクシルのホログラムが一時的にノイズに覆われる中、ロランは強化服を停止させ、残量は33%まで減少していた。

 エリクシルはロランに警告していたことを怒って思い出させるが、ロランは取得した何らかの機器を持ち、誤魔化すように笑う。


「無事……だっただろ?」


 ロランは余裕の表情を見せながら、持ち帰った機器をバックパックにしまうと、そばに座り込んだ。

 ロランが深く息を吐き出した後、ポケットからスカベンジしたFNFC栄養機能食品バーをいくつか取り出して、エリクシルに見せるように振る。

 それらのバーのパッケージは時間の経過を物語るかのように所々が擦れており、劣化の様子が見て取れる。


「……数百年たっても包装はこの程度で済むのか。すげえなフォロンティア・ミルズ」


 ロランが感心しつつも、なんとか目的のものを見つける。


「そうそう、これ………………消費期限……星暦1006年……」

{フォロンティア・ミルズのFNFCバーやレーションは10年保証です。わたしたちが遭難したのが星歴996年、つまりわたしたちがこの地に不時着する前に製造・輸送されていたものだと思われます}


 二人は同時に考え込み、口を揃えた。


{「今年……」}

「この残骸は最近不時着したってことか!?」


 ロランの声には、困惑と驚きが混じっていた。

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