014 未知なる原生生物と残骸★
{ありがとう……この場合は、確かに感謝を述べるべきでしたね。ひとつ学びました}
そうそうそう、と頷きながらロランは笑うと、エリクシルもつられて笑った。
「よし、あの小川まで行こうか」
ロランが指さす方向を、エリクシルも見つめる。
せせらぎの音が風に乗り、舞い散る白い花弁が静かに降り注ぐ。
その光景は、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚を彼らに与えた。
遭難という緊迫した状況にあるにもかかわらず、自然の安らぎが彼らの心を包み込み、しばしその重圧を忘れさせた。
ロランは周囲を見回し、視界が開けた場所であることを確認すると、背中に背負った
いまのところ、この場所での襲撃の危険性は低いと判断し、その重みから解放されることを選んだのだ。
二人は、静かに流れる小川へと歩を進める。
「この水は飲めるか?」
{汚染はしていないようですが、念のため煮沸を推奨します。やはりこの水にも例の大気の成分が含まれているようですね。例の成分はこの地のすべてのものに含まれているのかもしれません。草も土にもすべてを構成している元素に思えます}
「天体構成元素……エーテル……正体不明のエーテル素だな……」
ロランはうろ覚えではあるが思い出す。
HUBで暇つぶしに読んだファンタジーものの漫画には魔法のような成分「天体構成元素のエーテル」が存在し、人々はそれを様々なことに活用していたことを。
{アリストテレスが提唱した第5元素ですね。便宜上、そう呼称するのがよさそうですね}
ロランはエリクシルの説明を聞いて「元ネタがあったのか……」と呟いた。
「とりあえず、火を起こせばこの小川の水は飲めることが分かっただけでもいいぜ。……次はあっちだな」
{はい、あそこであれば見通しもいいはずです}
彼は小川の上流を指さし、さらにその先の山頂へと目を向けた。
そこに登ればこの地を広く見渡すことができ、より安全な場所を選べるはずだ。
* * * *
「少し……疲れてきたな……!」
ロランは険しい峰を登りながら、徐々にその疲労感を感じ始めた。彼は非常時に備えて、強化服のバッテリーを節約していたため、ここまで自力での移動を余儀なくされていた。さらに、カーボンナノフィラメントや人工筋繊維が織り込まれた強化服自体が重く、その重量が疲労を一層増幅させていたのだ。
「あと少し……!」
{頑張ってください!}
エリクシルが静かに励ます声がロランの耳に届いた瞬間、空を切り裂くような轟音が響いた。
突然、ドッという破裂音に続き、金属が風を切る音が耳を突く。
巨大な影が彼らの頭上を横切り、ロランは反射的に地面に身を伏せた。
「なんだっ!?」
彼が見上げると、翼のようなものを持つ巨大な物体が峰の先を越え、森の方角へと飛び去るのが見えた。
後に残るのはソニックブームと白い筋状のヴェイパーのみ。
その速さと轟音は、ロランの感覚を一瞬にして掻き乱した。
「すげー速度だ! それにでっかくねーか!?」
ロランは叫びながら、すぐに立ち上がった。
{翼が生えているように見えました。原生生物でしょうか……。かなりの速度でしたね。あの運動性能と大きさです。高度な知能を有する可能性が考えられますが、友好的かはわかりませんね……}
エリクシルは冷静に分析するが、ロランの心はすでに興奮に包まれていた。
「宇宙クジラなんて目じゃねえ、やっぱりワクワクするぜ!」
興奮を抑えられず、ロランは峰の先へと走り出した。
ついに、平らな場所にたどり着いたロランは、息を整える間もなく飛行物体の消えた先をみやる。
飛行物体は彼方へと飛び去り、その姿はもうみえない。
「あれ!」
彼の視線の先には、鬱蒼とした森の中から突き出す、巨大な船の残骸がそびえていた。
{あの大きさ……おそらく輸送艦の残骸でしょう}
ロランの探究心は再び燃え上がり、「行こう!」と水筒を手に取り、一気に水を飲み干す。
だが、エリクシルが冷静にその腕を掴んだ。
{ロラン・ローグ! その前に観測所を建てるべきです}
「ああ!そうだった……」
ロランは興奮を抑え、計画に従って行動を再確認した。
彼はバックパックから資材を取り出し、観測所の設置を開始する。
見た目はテントのような、高さ3メートルの六角形の塔が完成し、センサーが作動するや否や、緑色の光が点滅した。
「受信強度は?」
ロランが腕輪型端末を操作しホログラムを起動する。
{…………バリ3です。イグリースと接続……リンクに成功しました。これで近辺のスキャンが可能になります}
「よしっ、それで……なにか見つかったか?」
{残骸の他には……まだ何も}
「……じゃぁ、まずは残骸だな! 残骸をマークしてくれ」
{承知しました。残骸をマークします}
ロランの視界に、
彼はそれを確認し、緩やかな下り道を駆け下り、森へと進んでいく。
最短距離を進むため、ロランはハンティングナイフを取り出し、森の中を突き進んだ。
《無声通信開始、エリクシル、周囲の索敵は可能か?》
ロランは体力を温存すべく、無声通信を利用し呼吸を整える。
エリクシルが観測所に設置したセンサーの出力を確認すると、索敵が可能であることを報告する。
{{観測所のセンサーで確認しました。索敵可能です}}
《頼む》
エリクシルが索敵モードを起動し、センサーの感度を調整し始める。
リアルタイムで反応を得るため、センサーの設定が微調整された。
{{ロラン・ローグ、索敵範囲20メートル内に大量の反応があります。
ロランの視界に無数の赤い点が映し出され、それらが蠢く様子が見えた。
「うわっ! なんだこれ!」
足元にいくつかの点があり、それらは蟻のような小さな虫だった。
{{センサーがエーテル濃度に反応しています。ジェムストーンの微小な熱を生命反応と誤認しているようです}}
《鬱陶しいな。なんとかならないか?》
{{フィルターをかけ、一定量以下のエーテル濃度を非表示にします。……完了しました}}
赤い点が次々と消えていき、視界がクリアになった。
《おお!……ん?まだ残っているぞ?》
{{対象を視認できますか?}}
ロランが残った点を追い、森の中を進むと、小さなリスのような原生生物を発見した。
「小型の原生生物だ。リスみたいなものだな」
エリクシルがさらにフィルターを強化し、赤い点も完全に消去される。
{{フィルターを強化しました。対象は表示されません}}
《だいぶ集中できるようになった。ありがとう、エリクシル》
{{お役に立てて幸いです。それでは、索敵モード続行します}}
森は
コブルのような知能を持つ種族が、残骸やその周囲に潜んでいる可能性も高い。
エリクシルの索敵機能がロランの心的負荷を軽減し、移動を大いに助けていた。
索敵モードによってロランの強化服が給電状態になり、腕輪型端末が黄色く輝くことでリンク状態を示した。
左腕のパッチ付近に表示された数字は64%。
これを見たロランは、「あちゃぁ」と反応した。
《せっかく節約してたのに、充電してないやつ着てた……》
{{確認不足で申し訳ありません }}
エリクシルが謝罪すると、ロランが手で遮る。
《エリクシルは悪くねえ、俺が悪い、準備に浮かれていた。予備のバッテリーはある。最悪戦闘になっても問題ねえ》
{{ふふ、確かに準備をしているときはとても楽しそうでしたね}}
エリクシルが微笑む。
ロランに気付かれないようにしっかり見ていたのだろう。
* * * *
30分ほど森を進むと、ロランの前に巨大な船の残骸が姿を現した。
道中はセンサーに反応した小型の原生生物や虫を見かける程度で、特に危険な出来事はなかった。
それら小型の生物や虫には微量のエーテル濃度反応があり、ジェムストーンを体内に有していることが確認できた。
船の残骸の前に立つと、二人はその壮大さに目を見張った。
壁面は植物で覆われており、塗装が一部剥がれていたが、それでも艦の名称を大まかに読み取ることができた。
《……フォロンティア・ミルズ輸送艦……》
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未知なる原生生物と風景のイラスト。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330667199439955
宇宙クジラについて。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330667201343584
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