第十話


 *


「なんつうか、アレだ。アイツは俺たち黒騎士とも、ちょっと造られ方が違うんだよな」

 ほかほかの温かい湯気が丼の中から漂う。

 公園から帰る間に、春の夜の寒さが身に染みてきていたので、その温かさが心地よい。

 ユーレッドとタイロは普通のラーメンだが、ドレイクのものだけもっさりとチャーシューが山盛りに盛られている。うわあ、と、本気で引いている弟を前に、ドレイクは別に表情を変えもしなかったが、ひっそりと喜んでいるらしく、ラーメンのあたたかな湯気をみやりながら、タイロは、ちょっといいことをしたと思ったものだ。

「人為的につくられたモンには違いないんだが、こう、強化兵士っていうわけじゃあなく……」

 ずずーっと麺を啜りながらユーレッドが言った。

「……んー、なんだ。アイツもナノマシン製の人造人間には違いねえんだがよ。んんんー、なんだっけ。破壊された黒騎士の残骸から集めたナノマシンをだな、こう、寄せ集めて、再利用しようとしたプロジェクトがあって」

 あれ、名前、なんていったっけ、とユーレッドがつぶやく。

「反魂リサイクル……」

 記憶を辿って悩み出したユーレッドをみていたドレイクが、ぼそりとつぶやく。

「お、それだ。それ。反魂リサイクルプロジェクト。それで作られたもんなんだよ。失敗して計画ごとぽしゃったんだけどな」

「失敗、ですか?」

 興味深く話を聞いているスワロを頭にのせたまま、麺をすすっていたタイロが目を瞬かせる。

「そうだ。アイツ見てたら、わかんだろ。まるで魂抜けてるみたいじゃねえか。俺たちと明らかに質が違う。お前、アイツ見て、人間とは思わなかっただろ。しゃべらなきゃマネキンかなんかみたいに見えるはずだ」

「え、っと、確かにそうですね」

 ユーレッドに言われて、タイロはおずおず同意した。

「存在感にニンゲンみが少ねえのな。俺や兄貴は少なからず擬態できるが、アイツはこういう店に連れ出すと逆に目立つぞ」

 ユーレッドの言葉には、多少自分達への自虐が混ざっている。

「その計画プロジェクトはな、元はと言えば、上層アストラルのとある上級研究員が始めたもんなんだ。そいつは、黒騎士作ったメインチームの一員だった爺さんでな。元々息子がいたんだが、チームに入った頃には亡くしてたらしい。それで、そいつは自分が受け持った複数名の黒騎士に情が湧いていて、息子同然に可愛がっていた。しかし、黒騎士叛乱事件の直前に、チーム組んでたそいつらは根こそぎ死んじまってな」

 ユーレッドは一息つく。

「あの頃は泥の獣との戦闘も激しかったから、何が原因かはわからねえ。叛乱直前だった叛乱組の黒騎士に殺されたのかもしんねえし、普通に敵に襲撃されただけなのかも。しかし、確実に言えるのは回収できたのはわずかな残骸だけだったということだ」

「そして、それは、流石の不死身の黒騎士も、蘇生できぬわずかな量のものだったのだ」

 黙っていたドレイクが捕捉に入る。

「えっ、まさか、その博士の人は、その残骸を使って?」

「ああ、その複数名の残骸を使えば、なんとか一人の黒騎士は復元できそうだった。だから計画を立ち上げたのさ。できあがるのは、材料元の黒騎士の誰かや複数名の意識や記憶を復元できる強化兵士。そのはずだった。しかし、いざ出来上がった人間は、材料となった黒騎士達の誰にも似てなかった。戦闘力も高くなく、記憶も意識も残らず、それどころか、まるで魂の抜けたようなところのある失敗作で、決定的に人間みに欠けていた。人格のプログラムもちゃんとしたはずなのに、うまく反映されなかったとかなんとかで、……とにかく、フランクは黒騎士とも言えぬ失敗作だったわけだ」

 ユーレッドは、ふむと唸る。

「そんなわけで計画はアイツで終わり。アイツはお役ごめんになるところだったが、なぜか庭師としての才能はあったらしくてな、その研究員が趣味で作っていた植物園で、桜を含む植物の管理を任されるようになったというわけ。ソイツが後にテーマパークに組み込まれ、今や公園になった」

 ユーレッドは、ずると麺を一本啜ってから目を細めた。

「もっとも、アイツに庭を頼んだその研究員はとっくに死んじまってるんがな。それでも、アイツは、ご主人様の言いつけを守って、いまだに桜をまもっているのさ」

 ラーメンを食べていたタイロが、ふと手を止める。

「えっ、そんな。ひどくないですか、そんなの」

 失敗作として愛されもしなかったのに。

 作り出したものの大切なものをひたすら守っているなんて。

 作り出した創造者ももういないし、場所すら再編されて別のもののように扱われているのに、彼はいまだに呪縛されたようにそこをずっと守っているのだ。

 それを理解したタイロは、麺をつかんだままの箸をスープのなかに戻す。

「なんか、もんやりする」

 話を聞いていたスワロが、タイロの心情を慮ったのか、きゅーと鳴いた。

 そんなタイロを見て、ユーレッドは苦笑する。

「お前、さてはなんか見たな?」

「え、あ、ええと……そう、です。多分」

 タイロの体質のことを黒騎士の彼等はよく知っている。

「多分、フランクさんの記憶をみたのかな、って。フランクさんも黒騎士物質ブラック・ナイトでできているなら、たぶん、読み取ってしまって……」

 タイロは視線をスープに浮かぶ麺に映す。

「フランクさんは、その人との約束をずーっと守ってるのに、……失敗作だなんてはっきり言われて。それなのにまだ」

「ふふん、お前、図々しいくせにたまに優しいよな」

 ぺんと頭をこづかれると、タイロはスワロごと揺れる。ユーレッドの方を見ると、彼はニヤリと笑った。

「お前は気にしなくていいんだよ。そんな、なあ、出会ったやつ、全員救おうと考えると誰かみたいに病むぞ」

「そ、そんな大それたことではないんですが……。な、なんか、こう、何とかならないのかなーって」

 タイロが正直にそういうと、ユーレッドはふっと笑う。

「アイツは、アレはアレで幸せなんだぜ。確かにアイツを作った親父に受け入れてはもらえてなかったのかもしれねえが、願いを託され、それを守り続けられている。それがアイツの存在意義なんだ。他に存在意義を見出せるほど、アイツははっきりした人格のある存在じゃねえんだよ。今更別の生き甲斐を探せって言うのは無理筋ってもんだぜ」

 ユーレッドはれんげでスープを啜りつつ、

「アイツは、親父に託された桜並木がたくさんの人間に愛されているのを見るのが、一番幸せなのさ。だからよ、お前がアイツの桜を綺麗だと褒めてやるのが一番の救いなんだよ」

 ユーレッドがタイロをチラリとみる。

「アイツを助けたいなら、花が綺麗だって褒めてやりゃ、それでいいんだ。年に一度でも、それで苦労が報われるのさ」

「それなら、まあ……。そうなのかなあ」

 タイロは、まだ少しモヤモヤしている顔をしている。

「はなのもとにてはるしなむ」

 不意に、ドレイクの幽玄な低い声が割り込んだ。

「そういえば、あのステッカーに書かれていたのも、西行法師の歌であったな」

 ドレイクがそうぽつりと言った。

「あ、確かそうでしたね」

「アレはエリックの入れ知恵ではなさそうだし、多分フランクの選んだもんだろうな。ふふん、アイツにしちゃ、気が利いてる」

 ユーレッドが感心した様子で言った。

「でも、なんでその歌だったんでしょうか。桜といえば、って感じなんですか」

 何やら意図があって話題に出したらしいドレイクに尋ねると、

「無論それもあるが……」

「ああ、そうかあ。そうだな」

 と、ユーレッドが兄の意図に気付いたのか頷いた。

「昔、そういや本で読んだことあるな。西行って坊さんも、なんか人の死体集めて、人間を作ろうとしたことがあるってさ」

「しかし正式な手順を踏まなかったため、反魂は失敗し、ニンゲンとも言えない何かができてしまった」

 ドレイクがそうつぐと、ユーレッドは頷き、肩をすくめた。

「西行法師は、そのままそいつを山ん中に放置してきちまったらしいがなあ。アイツの親父、桜の好きなジジイだったし。……フランクのやつも、それに思うところがあったんだろうよ」

 でも、とユーレッドはいう。

「まあ、山の中に置いて行かれたそいつより、桜の園を遺されたフランクの方が幸せだったのかもな。……息子にはなれなかったが、大切なものを託されたんだから」

「そうなのかなぁ」

 うーん、とタイロがまだモヤモヤしている顔をしていると、ドレイクがふいに口を開いた。

「替え玉が……欲しいな」

「えっ、まだ食うのかよ」

 ガタッとユーレッドが椅子を鳴らす。

 見ればドレイクは、麺をかなり食べてしまっている。二人が話している間に黙々と食べているのは知っていたが、早い。

 タイロがすかさず声をかけた。

「替え玉頼みましょうか」

「うむ。頼む」

「うわあ、アンタの食いっぷりみてると、マジで胸焼けしそうだぜ。ビーティー姐さんも、そろそろ止めた方がいいんじゃね?」

 即答する彼に、ユーレッドが嫌味まじりにそう呟いた。蝶のビーティアは、ドレイクの襟のあたりでブローチに擬態しているが、完全無視を貫いているようだ。

「ははっ、でも、食べるのは良いことですよね。元気が出ます」

 そんな二人のやり取りを見ていると、タイロはちょっと安堵して、箸を取り直した。

「せっかくの麺が伸びちゃったらもったいないですもんね。俺も食べよっと! あー、これ、めっちゃ美味しいじゃないですかっ。俺も替え玉頼もうかなあ」

 きゅきゅ、とスワロが嗜めるように鳴く。

「深夜の飲食は、太るから調子に乗んのはやめろってさ」

 ユーレッドの通訳に、タイロは苦く言った。

「えー、スワロさん、それぐらい見逃してよ。明日からちゃんと節制するって」

「明日は花見だろが」

 あ、わすれてた、とタイロが呟く。

「うーん、流石に、太るかなあ」

 その言葉にユーレッドが意地悪く笑う。

「ははっ。気にするなよ。安心しろ。太ったら太ったらで、ハードな仕事に連れて行ってやるから! 逃げ惑うの確定だし、確実にダイエットさせてやるぜ。ふははっ!」

「そ、それだけは勘弁してください!」

 楽しそうなユーレッドに、タイロが真剣なトーンで泣きを入れる。

 そんなタイロを尻目に、ドレイクがボソリと、しかし、強い意志を滲ませて呟いた。

「それならば、唐揚げも、頼む」

「は、はアっ? 揚げ物食うのかよ。聞いてるだけで胸焼けするぜ。正気の沙汰じゃねえ」

「えっ、揚げ物いいですね! 正義ー!」

 ドレイクのひとことに、それぞれがわいわい反応する。


 店の外では、桜の花びらが風に飛んでいく。まだほんのりと寒い、春の夜だ。



西行夜想 —桜の下のフランク— 終

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U-RED in THE HELL —プリズナー・ハンター— 渡来亜輝彦 @fourdart

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