第九話
*
「フランクはなー」
ラーメン屋に入って席に着いた後、ユーレッドがそう切り出した。
「昔、俺が働いていたテーマパークの弥生エリアの桜の番人をしていたのさ。お前には話したっけな? 花札テーマのエリアがあって……、で、エリア一面が桜の庭園だったんだよ。それでよく知ってるというやつな」
ほどよく深夜だったが、店内は飲み会帰りの客でそれなりに賑わっている。結構美味で何かと構えずに行けるためタイロがよく行く飯屋だった。
「客がいる時代は、桜は人気があるから、
タイロは目を瞬かせた。
「テーマパークって、ユーレッドさんとドレイクさんが勤めていた、昔、荒野にあったとかいうやつです?」
「そうだ。
ユーレッドがしみじみと呟く。
「フランクは、そこの番人をしていてな。庭師でもあるし、桜を囚人や汚泥から守るための守護者でもあったわけだ。……ま、今じゃあ、ちゃんと春にだけみたいだが、昔は場所を変えて年中桜を咲かせていたから、アイツの管理も大変だったんだろ」
そういいながら、ユーレッドは、薄く笑って小声で言った。
「ま、お前は俺たちのこと、もうよく知ってるから予想つくだろうが、アイツも、普通のニンゲンとは違うぜ」
ユーレッドがそういったところで、店員さんが水とおしぼりを持ってきてくれたので、彼がちょっと口をつぐむ。
こういったオープンなところで、こみいった話をする場合は、スワロの力を使ってやや声を響かなくすることもできる。しかし、話している内容が荒唐無稽なこともあってか、そんなに遠慮はしていない彼らだ。ちょっと声を低めるぐらいで、意外に気にしていない。それでいいのかなあ、とタイロは思ってしまうが、実際、気にする人はあまりいないようだった。
ともあれ、タイロはメニュー表に目を走らせた。
「あ、俺、醤油ラーメンがいいなあ。ユーレッドさんは、キタカタスタイルってやつでいいですか? それ、お好きでしたよね?」
「ん」
あまり食にこだわりのないユーレッドだが、ラーメンなら、キタカタスタイルというのが割と好きらしい。キタカタが何の名詞を意味していたかは、もはやハローグローブに伝わっていないのだが、多分地名なのだろうと思う。
「ドレイクさんも同じでいいですよね」
そうタイロが尋ねると、静かに座っていたドレイクがこくりとうなずく。
「んじゃ、キタカタスタイル三つ」
だがふとドレイクがキラッと瞳を輝かせる。
「いや、チャーシュー、大盛り」
ぼそりとつぶやく。小さなドレイクの声は店員に届いていないかもしれないので、すかさずタイロがフォローする。
「あ、ひとつ、チャーシュー大盛りにしてください」
「えっ、そんなに食うのかよ」
『さっき、焼きそばもたこ焼きも食ったろ、お前』、と突っ込む少食の弟を、ドレイクはうっすらと無視してうなずいている。
そんな彼にタイロはうなずく。
「ドレイクさんはたくさん食べて健康的ですねえ。ユーレッドさんも見習わないとダメですよ?」
「はア? コイツの燃費が悪いだけなんだろ。珍しくちょっと走ったからって、すぐバテやがって」
「バテてはいないが……。おれは小麦の食べ物が好きだからな」
「それが燃費悪ィって言ってんだよ」
呆れたようなユーレッドと、若干、開き直っている気配のあるドレイク。
(この兄弟、見てると飽きないなあ)
タイロは、そんな怒られそうなことを思いながら、先ほどの一件を思い出していた。あの、フランクと呼ばれていた人物のことだった。
*
フランク、と名前を呼ばれた影の薄い男は、改めてユーレッドに言った。
タイロも彼が敵ではないとわかったので、少し安心していたがそれにしても彼の存在の希薄さには驚かされていた。しかし、その細い声で、フランクは語るのであった。
「ここは君たちも知っての通り、古い場所だ。だから、それを寄るべにして、古いモノが寄りつきやすいんだよ。特にかつての泥の獣だったころを知る汚泥はね」
フランクは、桜を見上げる。
「せっかくエリックさんが再編の時もなんとか残してくれた桜の庭だ。年中花を咲かせているわけではないけれど、こうして春にはたくさんの人が来てくれる。たくさんの市民がこの場所を愛してくれている。……けれど、みんながここを愛するように、古い穢れもここを愛してしまうんだ。だから、何かあってからでは困るから、僕が汚泥避けをして公園をまわっていたんだよ」
ふむ、とユーレッドはうなずいた。
「あの汚泥避けのステッカーはアンタの仕業か。なるほど、合点がいったぜ。末端の何も知らねえ獄吏が撒き散らしているブツにしちゃあ、ちょっと専門的で強力すぎるもんだと思っていたんだ。かといって、やり方を見ると、どうも組織的にやってるもんにも見えなかったからな。知識のある個人がやったもんなんだろうなと思っていた」
フランクはそっと桜の幹に手を触れる。
「特にこの桜が一番大きくて古いんだ。だから、ここに寄り付いてしまう。それで、一番強い汚泥避けをここに貼り付けていたんだよ。……それでも、何かとこの子は魅力的みたいで、寄り付かせてしまうんだけれどね。囚人や汚泥も、かつての何かのデータを引きずっていることもある。きっと古くて美しいものが懐かしくて寄ってきてしまうんだろう」
そういうところは、怪談でいう幽霊か何かと同じだな、とフランクは、気のない独り言のように言う。
「けれど、この子のおかげで公園に被害が及ぶことはなかった。ここで足止めしていてくれるから。……ただ、特に今年は汚染具合がひどくてね。あまりにも強い囚人が現れるものだから、危うくお客さんが犠牲になるところだったんだ。それで、どうにかしようとしたんだが、管理局に駆除を頼んでも返事がない。もう仕方がないからエリックさんに直接お願いしようと思っていたんだが、君たちが退治してくれてよかった。こうして退治してくれたのなら、しばらくこれほどの大物サイズの囚人は集まらないだろう。後の掃除は僕がしておくよ」
と、ちらりとフランクがタイロの方を見る。思わずびくりとしたタイロだが、フランクに敵意はないようだった。
「君が二人を連れてきてくれたんだね。ここにきてくれてありがとう」
フランクは、そういってわずかに笑う。
気配の希薄なその男の柔らかな笑みは、かすかなものではあったがタイロの心に残っていた。
それは感情の少ないフランクの心からの笑みのように思えたのだ。
そして、タイロは、先ほど戦闘中に垣間見た、何者かの記憶がフランク自身のものであったのだと理解した。
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