「LAST TRAIN」

KPenguin5 (筆吟🐧)

「LAST TRAIN」

ここは何処なんだ?俺はいったい・・・


俺は都心の広告代理店に入社して3年目。学生時代に志望した企業に入社できたのはいいが、その会社は相当なブラックだった。

毎日の激務、無茶なノルマに加え、取引先との接待、挙句の果てに上司の私用の雑用と、謂れのないパワハラ。

俺は、会社を辞める度胸もなく、ずるずると毎日を過ごしている。

(辞めるなんて言ったら、上司に何をされるかわかったもんじゃない。)

今日も、上司に押し付けられた雑務をやっとのことで片付け、4日ぶりに自宅に帰れるはずだったのに。


俺は、終電に滑り込みで乗り込み、端っこの席に腰かけた。

終電だからか、いつもより乗客は少ない。電車内の蛍光灯が煌々と車内を照らす。

つり革がゆらゆら揺れるのを見ながら俺の意識は暗闇に吸い込まれていった。

どれぐらい眠っていたんだろうか、車掌に声をかけられた。

「お客さん、終点ですよ。このままこの列車は回送になるので起きてください。」

「あ、はい。すいません。」

俺が列車から降りた途端、列車はドアを閉めて発車していってしまった。


そこは、周りを靄に包まれた駅だった。

小さなホームがあり、雨よけの屋根には小さな裸電球が一個ついている。

電球が切れかけているのかチカチカと点滅している。今時LEDじゃない駅なんて都内にあったのか?

ベンチが背中合わせに二つ置かれているだけで、他には何もない。

靄に包まれているので周りに何があるのかわからないが、鈴虫のなく声と、近くに川があるのだろう、水が滔々と流れる音が聞こえる。

行先表示板も駅名もなく、何処なのかわからない。

「ここはいったいどこなんだ?どうやったら帰れるんだ?俺はいったい・・・」


俺は、とにかく自分の居場所を確認しようと、ホームのベンチに腰掛けてスマホを開いてみた。開いてみたのはいいんだが、圏外!?これでは自分がどこにいるかもわからないし、助けを呼ぶこともできない。

途方に暮れて、頭を抱えた。どれぐらいそうしていたのか、ふと気づくと隣に人が座っていた。だが、その人の輪郭はぼんやりとして何故か影のように見える。どんな顔をしているのかさえわからなかった。

少しビビったが、ここが何処かわからない事には帰れないし、勇気を出して聞いてみた。

「すいません。俺、終電で寝過ごしちゃったみたいで。ここってどこなんでしょう?」

「ここは、ツキヨミ駅ですよ。」

その人は粘着質の声でそう言うと、こちらを向いた、ような気がした。

「ツキヨミ駅。ここは過去と未来の分岐点です。あなたの昨日と明日を分ける選択をする所です。

何を言っているんだこの男は、という顔をしておられますねぇ。直にその意味が分かることでしょう。

一つだけ、約束をしてください。何があろうとも、この駅から決して出てはならない。出てしまうとあなたはもう戻ることができなくなりますよ。よろしいですね。」

影の人はそういうとすうっと居なくなった。

「何があってもこの駅から出てはいけない?いったいこれから何があるっていうんだよ。」


俺は呆然として、ベンチに腰かけていた。これからどんな恐ろしいことが起こるというのだろう。そんな恐怖が沸々と襲ってきて、叫びだしたい衝動に駆られていた。

叫んでしまったら、そのままこの駅から飛び出してしまいかねない。そう思ってその衝動を抑えていた。

すると、靄の向こうから人影がやってくるのが見えた。俺は、恐ろしさでガタガタ震えてしまった。


「なにも怖がることはないです。とって食べようなんて思ってないですから。僕はあなたの未来です。これからのあなたの選択によっては、もしかしたら消えてしまうかもしれないですけど。」

驚いたことに、その男は未来の俺だと名乗った。未来の俺?どういうことだ?

「驚いてますね。僕はあなたとは似ても似つかないですからね。ふふふ。」

その男の容姿は驚くほどに綺麗だった。

肌は透き通るように白くて、薄くメイクもしているが、それも嫌みがない。服装はシンプルだが、きちんと手入れされていて、一見して上質なものと分かる。

「未来のあなたといいましたが、これはあなたがこれから選ぶ選択によって僕の姿は変わります。今のこの姿はあなたの深い深い潜在的な意識の中で、こんな自分になりたいなぁと思っている姿なんです。

もし、選択を誤れば…」

そうその男が言うと、みすぼらしく、肌もぼろぼろで目もうつろになったホームレス風の男の姿になった。

「ひぃ。」

俺は恐ろしくなって目を背けてしまった。

「ふふふ。あなたは、選択を誤らなければいいんですよ。そう、選択を間違わなければあなたは幸せになれるんです。その選択によって誰かが不幸になろうとも。ね。」

その男はまた綺麗な姿になっていた。

「どの選択をすれば、俺はお前のようになれるんだ。教えてくれ。俺はホームレスになんてなりたくない。」

俺は泣きそうになりながらその男にすがった。

「そうですね。それは、あなたが正解を見つけてください。一つだけ、自分の事を一番に考えるんです。それによって、誰かを陥れることになっても自分の利益だけを追求することです。そうすれば、僕のようになれますよ。」

そう言った男は、ニヤリと笑いすうっと消えていった。


「なんだ、もっと怖いものが出てくるのかと思った。少し安心した。でも、これっていったいどういう事なんだ?なんでこんなことになってるんだろうか?」

「ふふふ。さてこれからですよ。この駅では3人のあなたが会いたくないと思っている人物が現れるのです。まず1人目、未来のあなた。今のあなたには未来というものは、あまり望むものではないようですねぇ。自分の力では変わりようがないから誰かに変えてもらいたがっているが、そんなうまい話は無い。

さて、次はどんな人物が現れるのでしょうかねぇ。」

さっきの黒い影の人物の粘着質の声で、俺の頭の中に直接声が入ってくる。

すごく気持ち悪くて、頭がわんわんする。すごく不快だ。


俺はまた頭を抱えてベンチに腰かけていた。しばらくそうしていると、少し落ち着いた。

ふと見ると、俺の反対側に人が座っている。背中越しで顔はよくわからないが、歳が同じくらいの男性だった。

「久しぶりだな。お前とこうやって話をするのは。」

その声は数年前に自分で命を絶ってしまった友人の声だった。忘れられない声だ。

そう、あの時あいつは俺に電話をかけてきた。

『俺、これから死ぬから。助けてくれなかったからって、恨んでないから。もう、お前もきっと俺から解放されてほっとするんだ。じゃぁな。』

そう言いながら、学校の屋上から飛び降りた友人の声だ。

俺は奴が飛び降りて地面にたたきつけられた音も聞いている。その音が耳にこびりついてしまって、しばらく学校にも行けなかったし、誰とも話すことができなかった。


「お前、自分の立場を守るために俺がいじめられてるのを見て見ぬふりをしていたんだよな。」

そう、こいつとは幼馴染だった。一緒の高校に入学して2学期の半ばぐらいから、スクールカースト上位の連中からのいじめが始まった。

理由なんて無いに等しかった。ただ、陰キャのこいつが目障りだったらしい。

俺は同じようにいじめられるのが怖くて、見て見ぬふりをしてしまった。

2年の半ばぐらいからはそのいじめがどんどんエスカレートし、こいつはとうとう3年に進級する直前、学校の屋上から飛び降りて死んだ。


「すまない。本当にすまなかった。あの頃の俺にはどうすることもできなかったんだ。でも、後悔している。お前を助けたらよかったって。」

俺は泣きながら、旧友の前に土下座をし謝ろうとした。

その時、見てしまった旧友の顔は、真っ黒でグルグルと円を描いたようになっていた。それを見た俺は「ひぃぃ。」と腰を抜かしてしまった。

「あぁ、顔?俺さ飛び降りた時に顔がぐちゃぐちゃでさ。お前の顔、もらえないかな。俺さ、丸顔の下膨れでニキビ面、眼鏡だしさ。お前みたいな顔だったらよかったのにってずっと思ってたんだよね。」

最後のほうは声がボワンボワンと頭の中で響いて聞こえ、周りの景色がグルグルと回りだし、俺は、恐ろしくなって、必死で頭を押さえてうずくまっていた。

どれくらいそうしていただろう、辺りが少し静かになり、恐る恐る顔を上げてみると、元の駅の様子に戻っていた。

そして、旧友はもういなかった。

俺は、恐る恐る自分の顔を確かめてみた。よかった、自分の顔だ。助かったと思った。


「どうやったらこんな所から抜け出せるんだ。俺を元の世界に戻せ!頼むから、助けてくれよ。」

俺は恐怖からか涙と震えが止まらなくなった。姿の見えないあの影のような男に、何処にいるかもわからないのに、怒鳴り散らした。

「ほっほっほ。元の世界に戻りたいですか?あなたは毎日上司に怒鳴られ、無理難題を押し付けられ、自己を否定され、まさに人権すらない日々に戻りたいと?

あなた自身がその日々に嫌気がさしてここに来られたんですけどね。

覚えておられないようですね。まぁ、それも仕方ありませんね。」

また、俺の頭の中に間延びしたあの声がワンワンと響いてきた。

「自分で選んでここにきたってどういうことだ?」

「本当に覚えてないんですね。あなたは衝動的に駅のホームに飛び込んだんですよ?

さて、最後の一人です。どなたが来られるんでしょうね。」

その声が頭の中からすっと消えたような気がした。

「おい!ちょっと待て!ちょっと待ってくれ!!」

俺は、その場で項垂れ泣き崩れた。


暫くそうしていた俺の前に、またどこからか人影が現れた。

何処か懐かしい感じの雰囲気がある。

「久しぶりだな。幸次。」

親父だ。俺が一番会いたくない人物だ。

「なんで、親父が出てくるんだよ。」

俺の親父は、まさにDVの権化のような人だった。

素面の時は気の弱い男で、頼りなくて、ただ気が弱すぎで仕事が長続きしない。

様々なストレスを抱えていたんだろう、ひとたび酒を飲むと、母にも俺にも手を挙げる。家の金は持ち出してギャンブル三昧。

金と酒がなくなったり、酒を止めたりすると暴れる。

最終的に俺が中学の時に親父は酒を飲んで階段から落ち、首の骨を折って死んだ。

俺にとって、親父の出現が一番の恐怖だった。


「幸次、お前ほんとに大きくなったな。もうしっかり大人じゃないか。

母さんは元気か?そうか。」

親父は、酒を飲んでいないときの優しい猫撫で声で俺に話しかけてきた。

「俺は、お前たちに本当に申し訳ないことをした。心から謝るよ。といっても今更手遅れだろうな。母さんには本当に苦労を掛けたし、俺が死んでからもお前をここまで立派に育ててくれた。本当に感謝してもしきれないよ。」


親父は俺が小さいころは、まだ普通の父親だった。

キャッチボールもしてくれたし、幼稚園の運動会なんかは一緒にかけっこに参加してくれた。でも、俺が小3年の時、勤めていた会社が倒産してその後の就職もなかなかうまくいかず、日雇いなんかの職を転々とするようになってしまった。

それからだ、親父の酒とギャンブルと暴力が始まったのは。

だから、俺は変わり果てた親父がとても憎かった。母さんを毎日殴っては金をむしり取っていく親父を殺してやりたかった。

そう、だから、俺はあの日、母さんがパートで働いて少ない給料で俺の部活の遠征費を貯めていてくれた金を持ち出した親父を、アパートの階段上から突き落としたんだ。

            俺は、親父を殺した。


母さんが警察にDVの被害届も出していたこともあって、警察は親父が酒を飲んで足を滑らせて階段から落ちたと結論付け事故で処理された。


            でも、俺は親父を殺した。


罪悪感はなかった。正当防衛だと思った。でも、誰にも言えなかった。

それが一番怖かった。いつか、俺が親父を突き落としたことがばれるんじゃないかとこれだけが怖かった。

でも、誰にも言えなかった。

しかし暫くすると、そんなことも忘れてしまっていた。


俺は、恐怖で何もしゃべれなかった。ガタガタと震え、涙が止まらず、この場から早く逃げだしてしまいたかった。

親父は俺に復讐をしに来たんだ。俺が親父を階段から突き落として殺したことを、恨んで俺を殺しに来たんだ。

親父はニヤリと気持ち悪い笑顔で、両手を前に出し、俺のほうにゆっくりと近づいてくる。

俺は、殺されてたまるかと、立ち上がり、親父に背を向け、駅のホームを降りて、白い靄の中に飛び込んだ。

「おい。そっちに行くな。幸次、俺はただ謝りたかっただけなんだけどな。まぁ、仕方ない。あっちに行くということはこれからたくさん話すことができるんだから。」

男は、息子を追いかけて行った。駅には誰もいなくなった。


「あぁ、駅を出てはいけないとあれほど言ったのに。とうとう三途の川の入り口まで行ってしまいましたね。仕方がありませんね。

さて、みなさん。この月黄泉駅は迷える魂が降り立ちます。彼がどうなったかって?さぁて?三途の川を渡った先に待っているのは果たして地獄か天国か…。

この駅では、会いたくないけど会わないといけない人に会う駅なのです。

あなたはいったい誰に会うのでしょうねぇ。いつでもお越しをお待ちしておりますよ。ほぅほぅほぅ。」








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