第二章 障り

「また来たのか」


「私が斎藤先輩に言う台詞せりふです」

 女性の斎藤先輩に思わず突っ込んだ。背が低くて、声が高い可愛かわいい女の子だ。


「やっと書道部に扇風機が二台がついた」


「おめでとうございます。書道部に帰ってください」


「人口密度的に大変なんだ。かべみたいな大男が一人。あれだけで増しだよ。ホント」

 

 その青年は細かい作業は苦手なのに字は上手いと評判ひょうばんだ。高校一年生だという。


「先輩って女の子でしたっけ」


「何を馬鹿なことを言っている関谷。私は生まれてからずっと女だ。それとも私に男性性を見出して、婚約こんやくせまるというのか」


「はいはい、百合乙ゆりおつ。帰れ帰れ」

 

 そんな分かり切ったことをなんで聞いたのか。


「どんな絵、描いてんの? 旧校舎きゅうこうしゃか、いい趣味だね」

 良い意味で言っているわけではないだろう。が、六番目の窓には触れてはいけないらしい。


「今日、クラスメイトが旧校舎に行くみたいです」


物好ものずきだね。男子は馬鹿でいいよ」


「ホントにそうですよ」

 サボりにも限界あるから、またな。と、斎藤先輩は書道部に帰って行った。サボりの自覚あったのか。



「まだいたのか。そろそろ帰れ、今日荒れないだろう」


 顧問こもんの池田先生のどこか強調きょうちょうされた言いっぷりに若干じゃっかん引っかかったが、帰ることにした。

 お盆が来るのは大変面倒だ。美術室に入ることが出来なくなる。あれ、なんだかこういうことがあった気がする。既視感きしかんか、こういうのは大体気のせいだ。


 私は鉛筆えんぴつをケースにまとめ個人ロッカーに入れ、美術室を出た。


 昇降口しょうこうぐちの外に男子がたむろにしていた。

関谷せきたに、おーつー」


「二番カルテットか」


「おかしなこというなー。だって、なんで一つ減って一人増えてんだよ」


 あ、そうだ。

 背が高い田沼章三たぬましょうぞう

 メガネの佐川健三さがわけんぞう

 頭がいい山田三郎やまださぶろう

 私と同じ三組で名前三人同じで、人呼んでトリプルスリーだ。


 なんでこんな勘違いしたんだろ。


「止めときなよ。旧校舎が文化財ぶんかざいだったらどうすんのさ。修繕費しゅうぜんひ、何十万だよ」


 何十万に三人はたじろいだ。

 だが、この中で最も学力の高い山田君が「今日は風が強い、石が当たって割れるかもしれない」と言い、二人はうなずいた。


「今日のミッションはこれだ」

 田沼は校舎の陰に行き、台車だいしゃを転がしてきた。

 大量の小石だった。


「今回は六番目がどれほど頑丈がんじょうか調べるのがミッションだ」


「あんたたち馬鹿だね」


「これだったら、大丈夫だろ」

 証拠しょうこうんぬんを考えるなら、せめてやけになって今の校舎にした方が修理代しゅうりだいも安く済むだろう。


「関谷も参加するか?」


「冗談言わないで、疲れたの。あんたたち金網かなあみはどうするの?」


「その為に工具こうぐ貯金ちょきんで買った。関谷隊員は脱落だつらく、さぁ行こう」

 馬鹿だ、それくらいレンタルでどうにかしろよ。


 帰宅するとクーラーがついていない。


「お母さん、クーラーは?」


「電池が無くて、探しているの」


「前も言って無かった?」


「あると思ってたけど、無いのよ」

 お父さんにメッセージ送るか。単三電池二本、もとむ。と。


「ただいま、暑かった」

 弟が帰って来た。


「何よ、今日涼しかったじゃない」


宗太そうたかんちゃんで、中学のとこの坂で早登はやのぼ選手権せんしゅけんをした」


「勝ったの?」


「三回やったけど、三人でやったから誰が勝ったか分からないけど、みんな自分だっていうの」


 馬鹿だな。その馬鹿さが女子にもあればもう少し楽しいだろうな。


「汗かいたから先に入る」


「私だって汗かいてるわよ」

 しずくの落ちるほどの汗を見て、居間に置くのはためらわれた。


「先、ゆずるわよ」


「やったぜ、じゃお先」

 弟も中学入るまでは可愛かったのに。急ににくたらしくなった。


 弟が風呂から上がると、クーラーがない事に気づき、せっかく湯船ゆぶねかったのにと怒っていた。ざまぁみろ。


 夕方、お父さんは電池を買って帰ってきたのでクーラーは復活し、すずしくはなった。


、本日関東平野は晴れでしたが、明日からは荒れそうです。台風たいふう南海上みなみかいじょうに来ていまして、週末のお天気が心配です」


 テレビのアナウンサーがそう言って、気象予報士きしょうよほうしにつないだ。


「あなた、おばあちゃんの家大丈夫かしら」


「週末だからな、ちょっと電話を後で」

 おばあちゃんの家に行かなくて済むならありがたいことはない。同年代の子どもは弟と違っていないし、絵を描いていたらあきれられるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旧校舎の六番目の窓 ハナビシトモエ @sikasann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説