旧校舎の六番目の窓

ハナビシトモエ

第一章 触り

 私が通う高校には七不思議がある。北から南奥への旧校舎きゅうこうしゃ、六番目の窓にれてはならない。


 どこにでもある学校七不思議がっこうななふしぎ


 一つ目から六つ目が昇降口しょうこうぐちの鏡の前に立ったら失恋しつれんするとか、階段の段数が多くなると足を折るとか、理科室の人体模型の下顎したあごが取れたら大雨とか。割としょぼい。


 ただ、七つ目だけが唯一明言されていない。

 安心材料があるとすれば金網かなあみで旧校舎がかこわれていて、誰も近づけない。


 昔は肝試しと言って入る者もいたらしいが、どうやっても窓が割れないので的当てガラス破りが成立しないし、定期的にメンテナンスをしているのかドアも開くことはないのだそうだ。


 防弾ぼうだんガラスでも仕込んでいるのだろうか。


 私が入っている美術部の美術室からちょうど窓が六つ並んだ平屋ひらやの旧校舎が見えた。



「入ろうとするものかね」


 そう呟くと、サボりに来ていた書道部しょどうぶの男性でクールと噂されている斉藤先輩さいとうせんぱいがケラケラ笑った。

 勘違かんちがいされるので正直、来ないで欲しいと伝えても、美術部の美術室の方がすずしいと言うのだ。


「でも高校生にもなって肝試きもだめしってな」

 斎藤先輩はこれでも譲歩じょうほしたと、オレンジジュースを持ち込んでいる。画材がざいについたらどうしてくれる。


「うちのクラスの男子が肝試しにあそこに行くみたいです」


滅多めったにいないアホだな」


「ほんとに」


 斎藤先輩は目の付け所はいい。それにしてもうちの部室暑いんだよな。そう言って書道部に帰って行った。


 平屋ひらや旧校舎きゅうこうしゃのぞ校舎こうしゃの北側に窓があるのは美術室びじゅつしつ、理科室、生物実験室せいぶつじっけんしつ、音楽室だ。


 今日は理科実験部りかじっけんぶと生物研究会、吹奏楽部すいそうがくぶは今日、休みだ。美術部も本当は休みだが、家でデッサンに手を出すより、風景画ふうけいがを描く方が楽しい。


 絵は目の前の旧校舎。不気味さと正方形の輪郭りんかく素晴すばらしさ、この旧校舎きゅうこうしゃで誰が何を学んだのだろうか。


関谷せきたに、関谷まどか」

 後ろから声がして、すぐにそれが顧問こもんの池田先生だと認識にんしきした。もう五十は過ぎているが、老いを感じさせずむしろ若く、なぜ運動部ではないのか少し不思議な先生だ。


「今日は荒れそうだ。帰りなさい」

 天気は晴れ、入道雲にゅうどうぐもも出ていない。荒れるなんてそんな馬鹿な、天気予報てんきよほうも晴れ予報。


「いや、今日荒れる」

 池田先生の言い振りに少し違和感があった。どこか既視感がある。似たことを夢にでも見たのか、超能力者ちょうのうりょくしゃかも。


 そんなわけないか。


 れるなら早々そうそうに帰った方がいい。かさは持ってない。


 絵を乾燥棚に置き、水彩絵すいさいえの具を水で落とし、荷物をまとめて昇降口しょうこうぐちまで降りた。


「関谷、おっつー」


 今日、アホな肝試しに行くらしい。四人が昇降口の外に集まっていた。


 身長が低い田沼章二たぬましょうぞう

 メガネの佐川健二さがわけんじ

 猫背ねこぜ山田次郎やまだじろう

 細身の波川藤次郎なみかわとうじろう

 この四人はと呼ばれている。

 

 二と次郎の二番カルテット。四人とも私と同じクラスで四人とも大変仲がいい。


「やめときなよ。今日は荒れるって池田先生言ってたよ」


「俺たちは風や雨ごときでは負けない。な、みんな」

 田沼の声に三人はうなずいた。全くよくやるよ。


「今日のビッグイベントはこの硬式野球こうしきやきゅうのボール二十球でくだんの六番目をめったうちにするのだ」


「ますますやめときなよ。六番目は」


「ん、関谷は今時いまどき都市伝説としでんせつなんかしんじているのか?」


「じゃなくて備品びひんだよ。上から見ても古い建物だし、文化財だったら窓はマズいよ」


 おくしたのか田沼以下四人は押しだまった。


「でも、石が飛んできたと言えるしな」

 普段は秀才しゅうさいで通っている山田君の言葉に三人は息を吹き返した。


「とにかく今日の為に工具を準備した。これで突入とつにゅうだ」

 文化財の保護の意味を分かっていないらしいが、これ以上相手をしても無駄だと思い、後で莫大ばくだい弁償金べんしょうきんを払うがいい。


「帰る」


「明日になって、真実を見るといい。美術室から刮目かつもくするのだ。六番目の窓は割れている。日々通り何も変わらない。ただの空想くうそうだってな」


「わかったわかった。頑張れ勇者さん」

 ただの蛮勇ばんゆうだけど、指摘してきするのも馬鹿らしい。



 家に着いた辺りで大雨が降った。池田先生すごいな。帰ってきて正解だった。

「雨降られたよ。姉ちゃん、お風呂お先」


 後ろから弟が雨に濡れて帰ってきた。


「ずるい、こっちだって汗かいてるし」


「汗なんてクーラーで引くよ。僕は雨だから、風邪かぜをひく。お姉ちゃんより僕が最優先」


 中学に入った辺りから急に生意気なまいきになった。お姉ちゃんっ子だったのに、反抗期か、にくたらしいことこの上ない。


 居間に入るとクーラーがついていない。


「お母さん、クーラーのリモコンは?」

 奥からお母さんの声がする。


電池でんちが無いのよ」


長雨ながあめ湿度高しつどたかいよ。どうすんのさ」


「とは言ったってさ」

 ガサガサしているので、探す気はあるようだ。お父さんに頼まないと、お母さんはつぶやいている。


 今日は八月十日水曜日、週末から盆だ。来るなよ。と、池田先生に言われたが、おばあちゃんの家に行ってもさほど楽しくない。弟と違って同年代の女の子がいないのだ。


 おばあちゃんに「子どもが閉じこもって絵ばっかり」ってあきれられるに違いない。台風でも来たら、行かなくて済むかな。前線が停滞ていたいしているのか。いいぞ、そのままねばれ。


「え、クーラーついてないの? ついていると思ってシャワーだけにしなかったのに、なんで」

 十五分くらいすると弟ははだかで居間に入って、呆然ぼうぜんとしていた。


「お母さん、私お風呂行くね」

 ざまぁ、見ろ。


 お母さんはお父さんが帰ってくるまで電池の存在を忘れていたが、さほど困らなかった。雨の後のせいか気温が下がったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る