第4話 伝説の魔法使いと、子ども達。

「キルバス!」

 少年が掌を見せて叫んだ。しかし何も起こらない。少年は眉根を寄せて舌打ちをする。

「おやおや。今日も魔法の練習かい」

 庭に姿を現したのは、白髪を一本に結った女性だった。笑顔の目元に皺が刻まれ、丸い眼鏡が陽の光にさらされる。

「ばあちゃん茶化すなよー」

 少年は唇を尖らせて抗議の声を上げる。「おやおや」と女性は肩をすくめ、「そんなつもりはなかったよ。ごめんね」と謝罪した。ふんと鼻を鳴らした少年は腕を組んでしばらくむっとした様子のままだったが、「別にいいよ」と女性に背中を向ける。

「どうしてそんなに魔法を使いたいんだい?」

 疑問が背中に届く。少年は「そんなの決まってんじゃん」と振り返って続けた。

「廃墟リアゼルファの魔法使いみたいに、強くなりたいんだ」

 女性は目を少し開けたが、すぐに頷いた。

「きっと、なれるさ」

 予想していなかった返答だったのか、少年は「え」と小さく漏らす。しかしすぐに「へっ……まあそうだよなー。俺って天才だし」と付け足す。

「選ばれし三人の魔法使いの背中を追いかける人間は、この世界にどれくらいいるだろうか。でも私は思うんだよ。お前さんはその背中に辿り着けるんじゃないかと」

 少年は鼻から大きく息を吸い、胸を上下させた。そしてゆっくりと口から吐き出すと、目を閉じて首を垂れる。女性の言葉を嚙みしめているのか、肩を小さく震わせて一気に顔を上げて「まーな! 当然でしょ!」と叫んだ。

 照れたように鼻をかく少年と女性の間に、穏やかな風が吹いた。


 強さとは何か。説明を求める野暮な真似はしない。

 女性は庭に置いてある白く細い足の椅子に腰をかけた。隣町に住む有名な家具職人に依頼し、作ってもらった椅子。自分の背丈に合わせ、自分の好きな真っ白で、細かい装飾が施された宝物だ。この椅子に座り、庭を一望するのが幸せだった。孫である少年が魔法の練習をして、鳥が木々にとまりそれを見守り、陽の光が降り注ぐ空間。

 幸せとしか言いようがなかった。女性は目を細めると、目尻に何かが溢れるのを感じた。片方の手で眼鏡を上げ、反対側の人差し指でそこに触れると、涙の雫があった。

「ばあちゃん?」

 少年はすぐに気がついた。そして魔法の練習の手を止めると、女性に駆け寄る。

「ばあちゃんどうしたんだよ? 悲しいの?」

 おろおろとした様子で尋ねる少年に、女性はかぶりを振った。

「違うんだよ、大丈夫さ」

「でも」「本当だよ。これはね、嬉しいから泣いてるんだ」

 女性は微笑みながら顔を上げた。不思議そうな表情の少年が、小首を傾げる。

「本当にありがとうね」

 少年の手を取り、室内に顔を向ける。

 棚の上にある写真たて。そこには女性と、少年と。そして息子夫婦が笑顔で写っていた。

「生きていてくれて、ありがとう」

 今は亡き息子夫婦を思いながら、女性は孫である少年に礼を言った。


 エマ達三人の、選ばれし魔法使いの存在を確信している者。

 三人の存在は、おとぎ話とされる時代。

 これは様々な時間軸で展開される、伝説の魔法使い達の物語――。

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廃墟リアゼルファ ―最果ての宝石箱― LOG @log-log

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