バカなんじゃないの


 炎のブレスを放つ直前、真下からの急上昇によるアッパーカット――それも回転を加えて威力を増した一発――をクリーンヒットで叩き込んでやったのだが……


「おぉ、すげぇ。まだピンピンしてやがる」


 多少の脳震盪はあったのか足元は覚束ないながらも、しっかりと地面を踏み締めて起き上がるドラゴン。まあ、流石に不意打ちで一撃叩き込まれて吹っ飛ばされたのだ。その目は怒りに燃えてギラギラとしていて、威嚇するように咆哮を轟かせる。

 けれども。


「はっ! 今更そんなモンでビビるかよ。大体、腹を立てているのがお前だけだと思うな。こっちだって、散々痛めつけられたんだ。俺も、アイツも。その落とし前、キッチリ付けさせてもらう。お前はここで倒す……完膚なきまでにな!」


 そして俺は、全力で飛翔。

 目にも止まらぬ高速でヤツの周囲を駆け巡り、撹乱する。

 ドラゴンは慌てふためくようにキョロキョロと目を泳がせ、時たま爪は尾による苦し紛れの攻撃繰り出す。だが、そんなもの当たりはしない。

 その全てが空を切り、代わりに俺が繰り出す風を纏った体当たりの一撃は的確にヤツを捉え、この身に纏った豪風は一撃が命中する度にヤツの固い表皮すらも削っていく。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

「うるせぇんだ……よっ!」


 幾度も攻撃を叩き込まれて頭に来たのか、ドラゴンは激怒の号砲を上げる。

 だが、今の俺からすればそんなのはただ耳障りで不快なだけ。

 地面すれすれまで高度を落としてからの急上昇によって勢いを付けた強烈な一撃を、がら空きの喉と胸部の間辺りに叩き込む。

 喉近くだったこともあって、恐らくは発声器官でも潰されたのだろうか。ドラゴンは苦しそうに掠れた声を漏らすだけで、威勢のいい号砲はもう出てこない。


「……ざまあみやがれ。でも、まだまだ終わりじゃねえんだよ!」


 そう、この程度で勘弁してやるつもりなど毛頭ない。

 苦しそうな声を漏らすドラゴン相手だからと手心を加えるつもりも。

 奴の脳天直上まで移動した俺は、全力の風魔法を発動。

 それによって生成された強烈な竜巻は大気との摩擦で静電気を生み出し、静電気は寄り集まって巨大な雷へと成長する。


「一方的に焼かれる痛みと熱さと苦しさを、その身で味わい思い知れっ!」


 生成した巨大な雷を、容赦なく放出。光の速さで移動する電気エネルギーは空を駆け巡り、脳天からドラゴンの全身へと走ってヤツの体隅々を漏れなく感電させる。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」


 電撃攻撃を直撃で浴びて悶絶していたヤツの口から、絶叫が木霊する。

 おやおや。喉は潰れたと思っていたが、意外とまだいい声が出るじゃないか。

 そうして暫くの間みっちりと感電し、漸く電撃が収まったと同時に真っ黒焦げになったその身を晒す。口から黒煙を吐くその様は、まるでコメディの感電シーンだ。中々笑える。


「さて、じゃあそろそろ……終わりの時だ!」


 意気込んだ俺は、急上昇。そのまま空を超え、雲の上まで上昇する。

 そしてそこから反転して、回転しながら一気に急下降。暴風を身に纏った竜巻そのものとなって、ドラゴン目指して弾丸の如き一直線の突撃を敢行する。

 全身全霊の気合と魔力を込めた、俺の最大にして最後の一撃――そんな迫る脅威に野生の本能で気付いたのか、ドラゴンは甚大なダメージを受けた身でありながら尚も煌々と輝く眼をカッと見開き、その口腔内に紅蓮の炎を生成し始める。

 つまるところ、最後の逆転を自慢のドラゴンブレスに託したということだろう。

 上等だ。それを真正面から打ち破られてこその、完膚なきまでの敗北だろう。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

「どぉおおおおおおおおおおおおりゃぁあああああああああああああああっ!」


 放たれた灼熱のブレスと豪風を纏った俺自身が、激突する。

 辺りに撒き散らされる衝撃波は地表を捲り上げ、木々を薙ぎ倒して岩々をも砕く。

 ぶつかり合う力と力は、ほぼ拮抗。

 気を抜けば、油断すれば、一気に押し切られて潰される――そんな状況。

 掛け値なしの全力を出して、この均衡。なら、それを打ち破るには。


「文字通り、死力を尽くすしかねぇよな……おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおらぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 後先など一切考えない、全力を超えて命を絞り出すような魔力の放出。決死の覚悟を伴ったこの行動で俺の風力は更に増し、威力を底上げした攻撃で以て攻防劇に終止符を打つ。

 灼熱のブレスを圧倒的暴風で霧散させながら、グングンとドラゴン目掛けて迫る。

 そしてとうとう炎の障壁を全て打ち砕いたところで、衰えぬ暴風を身に纏いながら突貫。

 立派な牙が整然と並んだドラゴンの口腔をぶち抜いてめちゃめちゃにして喉を裂き、そのまま胴体を貫通して最後には尻尾を千切り――文字通り頭から尻まで貫通する。


「……これで、フィナーレだ!」


 ドラゴンを貫通して綺麗な着地を決めたところで、思わず決め台詞を口走ってしまう。ヒーローもののお約束だろう。まあ、二頭身ゆえに些か決まり切っていない感じもするが。ともかく、そんな決め台詞を口走って数秒後。


 ――ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 俺の勝利を祝うかのような大きな爆破音を轟かせながら、ドラゴンは爆散。

 アレだけ異様で威圧的だった巨体は見る影も無くなって消滅し、夜の帳が下りた時間帯でありながら太陽が地上に顕現したかの如き明かりを放っていた。


「おぉ、すげぇ爆発。まぁ、火を吐く竜だ。体ぶち抜けば爆発くら……あれ?」


 勝利の妾韻と興奮も冷めやらぬ中、ふと俺の体に違和感が走る。

 強烈な脱力感と倦怠感に、平衡感覚の欠如。視界に映る世界がぐにゃぐにゃと凄く歪曲して見えて、何だか凄く気持ちが悪くて吐きそう。いや、吐くもの無いけど、吐きそう。

 それでも気合で必死にバランスを取って立っていたのだが、それももう限界。

 遂にふらりと崩れた俺は、後頭部から地面にバタンと倒れる――筈だった。


「おっと! ふぅ、危ない。間に合ったわね」


 後頭部に伝わるのは、鈍痛ではなく優しくて暖かな感触。

 次いで聞き慣れた声が耳朶に響いたので視線を向けてみれば、そこにはやはりというかエルマの姿。その細かい傷だらけの顔に微笑を湛えたまま、俺を優しく抱き上げてくれる。


「え、エルマ……?」

「喋らなくていいわ。怠くて辛いでしょ? 魔力切れの初期症状だわ」

「魔力……切れ?」

「そうよ。アレだけ凄い魔法を立て続けに放ったんだもの。どれだけ膨大な魔力の貯蔵があっても、そうなるわよ」

「そうか」

「今は静かに眠って、体力の回復に努めて」


 力なくこくりと頷くと、俺は静かに目を閉じる。

 でも、意識を失う前に――

 

「……良かった」

「…………えっ?」

「無事で……よかった。お前……ケガ、大丈夫?」

「――っ!?」


 一瞬の沈黙。

 そして聞こえてきたのは、鼻を啜る音と涙声。


「もう……バカなんじゃないの? 人の心配、している場合?」

「……うるせぇ」

「でも、ありがとう。私が今生きているのは、清風のお陰よ」

「……母さんが……」

「…………?」

「母さんが、夢に出て来た……そして背中を押して、力をくれた……そのお陰」

「――っ!? お母さん、そう……お母さんか……いいね、愛されて」


 風に攫われて聞き逃してしまいそうな程小さな声で、そう呟くエルマ。

 それを耳聡く聞き咎めた俺は、ゆっくりと目を開ける。


「ど、どうかした……か? 何か、気に障った?」

「…………へっ? あっ、いや全然。き、気にしないで! 何でもないから」


 伏し目がちにそう呟くエルマ。

 その反応は如実に『これ以上触れて欲しくない』という本心を物語っていて、それを悟ってしまった以上、もう俺には何も聞けない。ただ、口を紡ぐしかなかった。


「そ、それよりもどうしようか? どうやって帰ろうかなぁ……」


 から元気を振り絞って、努めて明るい声色でそう話すエルマ。

 何というか、見ていて痛々しくて居た堪れなくなってくる。

 あぁ、どうやら俺はまた不用意に地雷を踏んだらしい……最悪だよ、ホント。


「……ご、ごめん」

「何で謝るのよ? あっ! ち、違うから! これは、その……あぁ、もう!」

「…………?」


 一瞬、何を慌てふためいているのか分からなかった俺。

 しかしふと、ドラゴンが現れる前に俺の力で帰ろうという話をしていたことを思い出す。あぁ、成程そうだったな。俺がこのザマだからか。あぁ、それはそれで後先考えなくて。


「……ごめん」

「あぁ、もう! だから謝んないでよ、やり難いから!」

「ははは……ごめ――」

「むっ!?」

「――んどうを、お掛けしております!」


 キッと睨まれてしまい、思わずしどろもどろで出任せの言葉が口を吐く。

 そんな俺の無理ある言い繕いに対して帰って来たのは、深い溜息。


「面倒掛けたと思うなら、私の言うこと聞いて黙ってなさい。決して気に病むことも悔やむことも無く、ね! いい?」

「……はい」

「さて、でもこうなると流石に野宿しかないかな。でも、寝床の用意とかどうする――」

「おぉい! 聞こえるか、冒険者のお姉さん!」


 周囲の状況を伺うようにキョロキョロと視線を泳がせていたエルマだが、ふと上空から聞こえる声に気付いて上を見上げる。

 それに倣って俺も視線を向けてみれば、そこには夜の空を旋回する巨大な鳥の姿。


「――なっ、何だぁ? ありゃ!」

「あぁ、見るの初めて? アレはガルドニクスっていう鳥。陸路の馬車と海路の船に並ぶ空路の輸送手段よ」

「く、空路……成程、確かに人なら軽く三人くらい乗せられそうな巨体だな」

「でも、一体何で? 何で戻って来たのかしら? 帰りの依頼をした覚えはないけど」


 怪訝そうに小首を傾げるエルマ。

 そんな彼女の疑念を吹き飛ばすような快活とした笑い声と共に、旋回していた巨大な鳥――ガルドニクスだったか?――は俺たちの目の前に悠然と舞い降りてくる。

 その背には善良で人のよさそうなおっちゃんが乗っており、暗闇でも分かるくらいにニカッとしたいい笑顔を浮かべていた。


「何でって、そりゃお代をたんまり貰っていて仕事しないなんて、そんなの俺のプライドが許さないって。金だけ貰ってさよならなんて、そんなのは商売人の風上にも置けねぇよ」


 平然とそう言ってのけるおっちゃん――いや、立派な紳士殿!

 何という仕事人魂……昨今珍しいその仕事への矜持に、思わず心がグッとくる。

 それは俺だけの感想ではなかったようで、一瞬驚いたように瞠目していたエルマも。


「全く、バカなんじゃないの……どいつもこいつも」

「バカで結構! 正直に生きている人は報われるべきだって、アンタが言ったんだぜ?」

「……そう、だったわね」

「だから、乗っていきな。暗闇でも問題ねぇ。俺がキッチリ、送り届けて見せますわ!」


 ポンポンと、ガルドニクスの背中を軽く叩いて見せる紳士殿。

 その誘いに、エルマは間髪入れずに。


「期待しているわ」

「おうさ! 一人――いや、お二人さんだね。さぁ、乗った乗った!」


 紳士殿の視線は、間違いなくエルマに抱きかかえられた俺にも向いている。

 どうやら先の戦い、どこまでかは知らないが見ていたらしい。

 そしてこのヘンテコな二頭身も、人として扱ってくれるらしい。ホント、いい人だ。


「それじゃあ、いきまっせ! しっかり掴まっててくだせえよ!」

「「よろしくお願いします」」


 俺たち二人がシンクロしてそう言えば、紳士殿はガルドニクスに合図を送る。

 するとガルドニクスは雄叫びと共に立派な翼を広げ、力強く地を蹴って翼を羽搏かせる。かくして満点の星空に向かってテイクオフしたガルドニクスの背に乗って、俺たちは無事に帰路へと付いたのだった。

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女神様の加護付きだけど魂のみで異世界に転移した俺。強く生きてくださいって、そりゃないでしょ!? そんな俺を救ってくれた、孤独で気が強いネクロマンサーの少女を助けるため、今日も異世界生活頑張ります! 未遠亮 @midouryou

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