羽根のように軽く
宵形りて
第1話 初詣
体が羽根のように軽い。
いや、例えとか冗談じゃなくて、マジで。
「風香、ちゃんと掴まってて」
バイクの前に座る幼なじみの悠太がわたしの腕をぽんぽん叩いて、そう合図した。
(大丈夫! わかってるよ!)
答える代わりに腰に回していた腕にぎゅっと力を込める。そうすると、細身に見えるけど筋肉質な体質なのが伝わってくる。
片想いの相手と密着してる状況はトキメキにあふれてるんだけど、気を抜くとうっかり吹き飛ばされてしまうから割と大変なんだな、これが。
わたしは先週から、急に“羽根のように軽く”なってしまった。
一回は、隣町まで突風で飛ばされて、すっごい怖い思いもした。
あのときは、スマホのGPSをもとに、悠太がこうしてバイクで迎えに来てくれたんだよね…。悠太が現れた瞬間の心強さを思い出すと心臓がきゅうっとなる。
大学生になったときに、悠太がバイクを買ってくれていてよかった。
おかげでこうして、今、わたしたちは出雲神社に向かっている。この状態をもとに戻してもらうために。
こんな体になった原因は、今も信じられないけれどーー。
⌘ ⌘ ⌘
始まりは初詣だった。
悠太とわたし、それぞれの母親たちで近所の神社にお参りに来ていた。背の高い悠太は周りから頭ひとつ飛び出ていて、待ち合わせでもすぐ見つけられた。
ちょっと大人っぽいダークグレーのコートが似合っていて、人目を引く。
うっ、カッコいい。
そのまま長い参拝の列に並んで、
(大学合格が叶いますように。あと、家族の健康と、お金が貯まりますように…)
受験生になるのはまだ一年以上先だけど、しっかり手を合わせて願った。
(……ついでに昨日の夢のとおり、悠太と恋人になって"羽根みたいに軽い"って姫抱きされたりとか……正夢になったら良いなぁ)
ーーおめでとうございます!!
「えっ」
頭の中に響く賑やかなファンファーレに、思わず声をあげてしまった。
けれど、隣で手を合わせている悠太たちは何にも気にせず、じっと目を閉じて真剣に祈ったまま。
(えっ、これわたしにしか聞こえてないの??)
ーーなんと今年のご参拝者から抽選で一名に神さまならの祝福プレゼント! そのご当選者さまの願いを1つだけ叶えました!
(……寝不足かな〜、体調は良いんだけどな。こんな幻聴とか初めてじゃん)
ーーいえいえ、幻聴などではございません。と、いうことで。ただいまお嬢様を"羽根のように軽く"させていただきました!
、
(…………)
ーー……あのぉ? えーっと、もしもし?
(なにこれ…)
ーーですから、神様からの祝福プレゼントのお届けでした!
(どっかの押し売り業者じゃあるまいし!?)
ーーそれではこれにて、
(クーリングオフで!)
ーーく、クーリングオフ? それは…確認いたしますので、少々お待ちいただけますでしょうかぁ…
一端声が途切れると『エリーゼのために』が流れた。
っていうか、神さまも保留で音楽流すんだ……?
と、そのとき左にいた悠太がそっとわたしの袖を引っ張った。うちの母と悠太のお母さんも微笑ましそうにわたしを見てる。「あらあら、だいぶしっかりお願いしてるのね」って顔で。
(やばっ!)
わたしは悠太に続いて慌てて初詣の列の横に捌ける。
「しっかりお願いできた?」
「うっ、うん。多分…?」
「ははっ、なんで疑問系なわけ?」
悠太はわたしの大好きな笑顔で笑った。
胸がきゅんとして、思わずうつむく。
周囲の女性参拝者がこちらをうかがって「えっ、なんかあの背の高い人カッコいいね」「となりは年齢的に妹かなー?」とささやきあった。
その間も頭の中で待ち時間のメロディが止まらない。
ど、どうしよう困った。
「頭がおかしくなったみたいだから先に帰りたい」って言う?ーーいや、無理。ゼッタイ言えない。
ちょうどそのとき音楽がとぎれたので、慌てて頭の中で呼びかける。
(……ねぇ、これが妄想じゃなくてホンモノの神さまっていうなら、ハンズフリー的に隣の悠太にも聞こえるようにして欲しいんだけど)
ーーはっ? はぁ…でも、一応これ神の奇跡でして、あんまり多くの方に知らしめちゃうのはちょっとどうかなーと…。
(できるの? できないの!?)
ーー怖っ! 一応機能的には……。ただ、神のお告げモードは重大事項とか大災害の時だけっていうのが神さま連盟の内部ルールなんですよ!
(連盟とかあるんだ…)
ーーありますよぉ。よそ様では「受胎告知」とか「オルレアンの戦い」とか前例もあります。でも神道ってわりと弱小な神さまの集まりだったりするんで、大規模なのは数千年くらいしてないっす。
(うわっ高1の歴史で習ったやつじゃん!……って、そんなに派手じゃなくていいから!)
ーーまぁ当選者ご本人ですし、お隣の男性と二人なら許容範囲っすね。少々お待ちください。
(よろしくお願いします)
ーー……もしもーし?
「っえ!? なに?」
悠太が飛び跳ねて、あたりをきょろきょろ見回した。分かる〜、コレだいぶ驚くよね。
ーーあ、聞こえてらっしゃいますね〜。
「悠太にも天の声聞こえた?」
「う、え? 風香も!?」
「なんか願いを叶えますって」
「は??」
ーーはい、叶えたのですが……。
「でも怖いしクーリングオフしようと思って」
「はぁっ??」
ーーさきほど上司にも確認して、今回は当方の確認不足に基づく特殊事情ということもあり、クーリングオフに対応させていただくと。でも、本当によろしいのですか?
「はい、良いです」
「良いのか!? ってか何? なんなのこれ?」
「だよね〜、いきなり怖くない?」
「いや、俺は風香が平然と対応してんのにも驚いてる」
「あははっ」
「風香、そういう豪胆なとこあるよな…」
ーーあ、あのぉ〜、具体的な解約のご説明よろしいでしょうか?
「あぁ、はいはい!」
ーークーリングオフの手続きなのですが、実は今回の願いは出雲神社の管轄によるものでして。
「ふんふん」
「……」
ーー願いはすでに叶えずみですので、7日以内に出雲当地までお越しいただいての解約となります。こうしてお二人とも神の影響下にありますので、おふたりでお越しください!
「はぁ?!」
ーーちなみに、往復の宿泊その他の諸費用のご負担がないよう実費を後日お振込みいたします。
「そ、それは嬉しいけど」
ーー解除当日については出雲神社の鳥居をくぐっていただければ分かるように手配しておきますんで、ご都合の良い時にお越しください!
「出雲神社…」
ーーあ、今回即効性あるタイプの叶え方のため、効きはじめは安定しないことも多いのでお気をつけてお過ごしください! それではっ!
「なに? 何が起こるの!?」
ブツっと電話が途切れるような音がして、天の声は一方的に終話した。
「……神さまの世界もこんな感じなんだな」
「……天の声、最後ガチャ切りしたね」
「あぁ、これ以上なにか言われるの面倒くさかったんだろうな」
二人で呆然としているうちに、わたしはうっかり突風に飛ばされることになる。
⌘ ⌘ ⌘
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