第3話 彼の部屋
「メロンパン、静岡茶ソフトクリーム、富士宮焼きそば、三ヶ日みかんソフトクリーム、浜松餃子、尾張卵の鉄板ナポリタン…」
悠太が指を折って数えていった。
「よく食べたよな〜、そりゃ気持ち悪くなっても仕方ない」
「うぅ、悠太は全然平気そうなのに!」
「そりゃこんだけ体格違うし」
はい、これ胃薬。と差し出してくれた錠剤を流し込む。
ひとまず着いた京都。悠太の一人暮らしのマンション。
ここでバイクの旅はひと段落で、一泊してからまた明日出発することにした。
部屋は適度に片付いていて、モノクロの家具で統一されていた。フローリングの片隅に、テニスラケットが転がっているのが目に止まる。
大学に入ってからもサークルで続けてるんだよね、お母さん経由で耳にしていた。
さっき手を洗うとき、洗面台には一人分の歯ブラシとコップがあった。あからさまな恋人の影はなくてほっとすると共に、そんなことを気にしている自分にゲンナリする。ーーまだ付き合ってないって、保証はどこにもないのに。
「俺がソフトクリーム2個目あたりで止めてればよかったな」
「ううん」
なんだか意地になって各SAの名物を制覇してしまった自分が悪い。
「でも食べたら重くなって少しは風で飛ばされなくならないかな?」
「え? そうか?」
よいしょっと声をかけて、悠太はいきなりわたしを抱き上げた。
「ひっ」
「軽っ」
「ちょっと、悠太!」
「うわ。分かってたけど軽いな、風香」
「すっごい楽しそうなんですけど」
「そりゃ楽しい。人ひとりこんなに軽々抱えられるなんてな〜。スーパーマン気分」
「左様ですか」
「うわっ」
くるくる回っているうちにうっかりバランスを崩して、悠太はベットにどすんと座り込む。
「痛っ」
「…ふわっ!」
わたしは彼の腕からふわりと浮き上がり、そのあとゆっくり時間をかけながら、もう一度悠太の腕に着地した。まるで本当に羽根みたいに。
「某アニメ映画のようですな」
「家宝のネックレスは光ってないけどな」
「ふふっ」
わたしの好きな映画。悠太とも何度も録画した金曜ロードショーを観た。
「晩飯はいらないな。京都名物は明日食べてから発とうか」
「お茶いる?」
「ありがとう〜。京都のお茶?」
「ううん。『おーいお茶』。なんぞ文句でもあるのか、旅人よ?」
ハハーっと平伏してみせる。
「文句などあろうはずもありません」
くすくす笑ってペットボトルを受け取る。
ぐっと力を入れるけど、キャップが滑って上手く開かない。一日移動して、疲れてるのかな。すると、
「ん」
わたしの手の間からペットボトルを奪って、パキッと音を立てて開いた後、悠太がわたしの手に戻してくれる。
「ありがとう」
ほんのり耳が赤くなる。こういう自然な親切をサラッとできちゃうから、地元でもずっとモテてたんですよ。
「落ち着いたら今晩の宿に送ってくけど、場所わかる?」
「多分?」
「わかった。一緒に行こう」
「えへへ〜、良くわかってますね旦那」
「また迷子になられたら敵わん」
「やだ! 小学生の時の話でしょ!」
「昨日、隣町まで風に飛ばされてったのは誰でしょう?」
あ、そうでした。
「思い出してくれたか。ーーなんか風香は平然としてるけど、あの時も俺は割と気が気じゃなかった」
ふと真剣な顔になる。
「だから言っておきたい……いや、逆だな。ずっと考えてた」
こくんと喉がなる。
「神様だかなんだか知らないけど、こんな意味がわからない現象が起こって、驚いてる。でも同時に、こんな機会がなかったら、風香とこうやって昔みたいに過ごす機会もなかったんじゃないかと思う。大学に進学してから1年くらい、あんまり連絡取り合わなかっただろ」
意図的にそうした自覚があって、思わず俯いた。連絡を取り合ったら想いが断ち切れそうになくて。
「距離が離れたんだから、ただの幼なじみとしては当然なんだけどさ」
ただの幼なじみ、というフレーズに、胸がずきんと痛んだ。
俯いていたから、わたしの思い切り傷ついたって表情は見えなかったはずだけど、同時に悠太がその時どんな顔をしていたかも見えていなかった。
「子どもの頃だったら、こんな不思議な出来事にも、純粋にただワクワクできたんだろうな」
うん、きっとそうだね。
「でも、いつまでもこのまま子どもじゃないだろ。いつかーー風香も進学して、就職して。いつかは恋人ができたり、結婚したりして。ーーそうしたら、俺たちは仲のいい幼なじみだとしても、二人で過ごす時間なんてなくなっていく。このままなら、こうして風香を気軽に助けることさえできない立場になるんだ」
やめてよ。真実は刺さるんだってば。泣きそうな顔をしてるのが、自分でもわかる。
「風香。俺は風香のことが可愛いよ。でも俺、決めてたことがあって……近く、こうしてあんまり二人で会ったりできなくなるんだ」
その先は聞きたくなかった。
「俺らは遠く離れるけど、それでも大丈夫なように……」
「やめて」
「いや、聞いてくれ。安心して離れられるようにーー」
「やめてってば!」
「聞いてくれ!」
大声で叫ばれて、わたしの肩が跳ねた。
「……いや、ごめん。怒鳴ったりして」
「……ううん」
二人でいて、初めてこんなに沈黙を苦く思った。
そのままわたしはひとり京都のホテルに泊まり、翌朝、そこまで悠太がバイクで迎えにきてくれることになった。
⌘ ⌘ ⌘
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