第4話 思い出
夜、夢を見た。
小学生の頃に迷子になってしまった時のことだ。
あの時の、心細くて寂しくて、しでかしてしまったことへの恐ろしくてたまらない気持ちが蘇ってきた。
「どうしよう…」
わたしは胸に子犬を抱えてうずくまっていた。
その日、ベタに捨て犬を拾って、ベタに父親に反対されて、ベタに飛び出てきてしまったのだ。
そのうち雨が降ってきて、しかも自分がどこを歩いているかもわからなくなってしまって。
仕方なく、名前も知らない神社の軒下で雨宿りしていた。
半袖で剥き出しの腕が震えて、足もおぼつかなくなり、胸に抱えた子犬だけが暖かかった。
このまま家に帰れないのかも。
帰ってもひどく叱られるだろうし。
寂しくて悲しくて、ぎゅっと体に力が入った。変に腕にまで力が入ってしまったのだろう。子犬がキャンっと吠えて、わたしは慌てて立ち上がりながら抱え直した。
「ご、ごめんね!」
その時、ずるっと音がしてスニーカーの底が滑った。足首に鋭い痛みが走って、視界がぐるんと転がった。
やばい!
強い衝撃が来るのを覚悟して、体をこわばらせる。
ーーけれど、予想した痛みは襲わなかった。
「風香」
転がっていく懐中電灯の明かりと一緒に、少し慌てた、聞き慣れた声がした。
「悠ちゃん……」
わたしはギリギリのところで、悠太に抱き止められていた。
「探してたんだ」
「……」
「みんな心配してるよ」
「……うん」
「帰ろう」
「……叱られるかも」
「一緒に叱られてあげる」
「……子犬は飼えないって」
「一緒に新しい飼い主を探そう」
足首を痛めていたわたしを背負って帰るのは、雨の中、まだ中学生だった悠太は大変だったと思う。
申し訳なくて、わたしがもっと軽かったら良かったのにと思った。せめて重いって思われてませんように。
そんな心配をよそに、悠太は家に着くまでずっと穏やかに、安心させるようにわたしに声をかけてくれた。
「……なんで悠ちゃんはそんな優しいの?」
「えー? 優しいか?」
「優しいよ! クラス男子はスカート捲ってくるし、カエル投げてくるし」
「なにそれ。小学生男子だな〜」
クククッと楽しそうに笑う。この笑顔が大好きだった。
わたしだけが引き出せる笑顔。
そのときはそう考えていた。
「でもやり返したけどね!」
「え?」
「ずぼん下ろしてやったし、トカゲ投げ返しておいた」
ブハッと吹き出した後もくすくす笑い続ける振動が伝わってきた。
「やるな、風香」
「でしょ。わたしにだけブスとかデブとか言ってくるし、嫌われてるんだよ」
「風香はブスでもデブでもない。可愛い」
断固とした声で言い放った。
「次、そいつが何か言ってきても無視しときな」
「う、うん」
あのあと、子犬は悠太の家で飼割れることになった。
今では誰にでも尻尾を振る愛想のいい犬・タローとして、番犬にはならないけど、近所の子供たちには大人気だ。
ずっと変わらないと思っていた。
でも、この度が終わったら、もう彼に背負われることもない。こうして部屋に二人きりになるのも、じゃれあって軽々と横抱きにされるのも、彼女ができたらありえない。
誠実な悠太は、たとえ幼なじみ相手でも、そんな恋人が嫌がることはしないだろうから。
⌘ ⌘ ⌘
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