第5話 到着



 翌朝、悠太は約束通り迎えにきてくれて、なにもなかった顔をして私たちは合流した。


 バイクが発進すると、半分ほっとして半分堪らない気持ちになった。移動中は喋らなくていいのが救いだ。でも、ピリピリした沈黙の痛みはずっと続いていて、苦しかった。



 出雲に着くまでは、前日と同じくらいの距離があったはずなのに、永遠のように長くて、あっという間だったかのようにすぐだった。

 目の前には巨大な鳥居が構えていて、わたしたちは静かに一歩を踏み入れた。



ーーいらっしゃいませ!



 あの頭に響く声だった。



「来たよ」



ーーはい、承っております。願いのクーリングオフですね。



「そうです」



ーーでは、最終確認を。ご当選者さまもよろしいでしょうか?



「良いですってば」



ーーいえ、お嬢さま(、、、、)ではなく(、、、、)、ご当選者さま(、、、、、、)に伺っております。



「えっ!?」

「えっ??」



 なにを言われたのかわからなかった。



ーーご当選の青年と、その願いの発揮先のお嬢さま双方の同意を確認いたしましたら、願いを返却手配いたします。



「ま、待ってくれ、どういうことだ?」


「えっ、当選したのは悠太だったってこと?」


(わたしじゃなくてーー悠太の願い?)



 頭の中は疑問でいっぱいだ。



「じゃあなんで? なんでわたしが軽くなったの??」


「うーん。俺そんなこと願ってないけど…」



ーーわたくしどもは、ご当選者さまの『彼女とずっと一緒にいられるよう、留学先にも軽々と連れ出せたらいいのに』という願いに応えて、ご希望通り対象のお嬢さまを"軽々と連れて"行けるようして差し上げたのです。



「えっ……」


「ちょっ……そんな!?」



ーーただ、叶え先のお嬢さまからクーリングオフとのことでしたので、お二人でお越しいただいて意思確認のうえ対応を。



「なにそれ…。ん? じゃあなんで当選した悠太に最初から話しかけないの」



ーーお荷物のお届けでも、送り主ではなくお届け先にご連絡いたしますよね?



「ん? うーん。分かったような分からないような」



ーーということで、ご当選した青年もご同意のうえならこちらでクーリングオフの処理をすすめますが、『彼女と一緒にいられるよう、留学先にも…』という願いは取り下げでよろしいですか。



 隣で絶句していた悠太が動き出す。



「ちょっと待ってくれ、自分できちんと話したい」



 すこし頬を赤らめた顔でわたしに向き合う。



「風香。こんなタイミングで言うのもなんだけど、俺は風香のことが好きだ」


「うそ……」


「嘘じゃない。冗談でもない」


「海外って…?」


「ああ、大学2年から海外留学に行くチャンスがあるんだ。だからもうすぐ長期で会えなくなる」


「海外に行くの、悠太だったんだ…」



  【彼女がどうするにしろ…

   海外行くなら長期で会えなくなるし】



 耳に生垣のむこうで忍び聞いた声が蘇ってくる。



「年上が好きなんじゃなかったの?」


「は? 一体どこでそんなことを?」


「好きな人と年の差が……って聞いたから」



  【そうそう。

   そりゃ多少の年の差はあるけど……】



「うん、風香とおれだと3つ違うよな」


「あ、うん」


「たしかに10代には大きい年の差だけど、大人になれば気にならないくらいだしーー社会人と大学生とか、社会人どうしならよくあるだろ」



  【社会人と大学生ならあることだろ】



「風香。俺は海外に行く。ずっとやりたかったことができるから、諦められない。でも風香とただの幼なじみのままだと、俺が不安なんだ」



 京都の悠太の部屋で、彼がいいかけた言葉を思い出す。



「俺の恋人になってほしい。俺が公(おおやけ)に風香を心配して、これからの時間を一緒に過ごす大義名分がほしい」


「タイギメイブン…」


「えっ…。大義名分って分かるよな? 理由っていうか、約束みたいな?」


「ああ、うん。分かる。分かってるけど混乱してる…」


「そ、そうか」


「って、悠太はわたしが大義名分もわかんないと思ったの!?」


「風香ならありえるかもと」


「ひど! でもちょっと自覚あるから言い返せない!」


 ククク、と悠太が喉で笑う。


「は〜、一世一代の告白したのに、カッコつかないな。でも風香相手だから、振り回されるのは慣れっこだよ。……返事は急がないけど」


「えっ!?」


「え?」


「なるよ! 悠太の恋人にしてください!」


「ぷっ……」


 なんなんだよ面白いなぁと、悠太は顔をくしゃくしゃにして笑った。


「神さま。ということで願いは取り下げにしてください。自力で叶えるし、これ以上ずっと風香がふわふわしてたら気が気じゃないんで」



ーーかしこまりました。



 気づいた瞬間に自分の体にずっしりと重さが戻ってくるのが分かった。

 地に足が着く。ふわふわ浮いたりしない。


 風香はもう、軽々と持ち上げられるほど軽くない。

 けれどそんな彼女を横抱きにして、青年は嬉しそうに言う。



「うん、羽根のように軽くはない! けど、この腕に風香の重さ(そんざい)があるって嬉しい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

羽根のように軽く 宵形りね @yoikatarite

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ