第2話 SA
新年からビックリ人間になった娘にも、幼なじみと二人でいきなり出雲神社に行くと告げた時も、
「オッケー、気をつけてね」
と母はたいして動じずに頷いた。
「風香って、お母さん似だよなぁ」
「やっぱり? 後ろ姿とか似てるって良く言われるわ〜」
「くくっ。うん。外見も(・)似てると思うよ」
もぐもぐとSA(サービスエリア)の名物メロンパンを食べながら会話する。
せっかくのタダ旅行なので、美味しいものを堪能しながら出雲に向かうことにしたのだ。
「けどよかったの? 久しぶりの実家だったのにゆっくりできなくて」
「うん、全然。むしろこうして風香と二人旅できてラッキーだよ」
ドキッとする。そんな優しい顔でそんなこといわれたら、まるで悠太もわたしのことを特別に思ってくれてるみたいじゃない。
(……でも、知ってる。)
悠太に好きな人がいるってこと。だから、本当はそろそろこの片想いも終わりにしなきゃって思ってたんだ。
「このまま行けば、富士山見れそうだな」
「えっ、楽しみ!」
わたしは普段以上にはしゃいでしまう。
今だけは、許してよね。
だって、悠太はもうすぐその好きな人に告白しようとしてる。そしたら、絶対恋人になっちゃうよ。
⌘ ⌘ ⌘
悠太に好きな人がいると気づいたのは、彼が大学進学する直前の約1年前。
借りていた本を返すために会いに行くと、悠太は庭先で飼い犬タローをブラッシングしながら電話していた。
「……うん、だから1年後には告白しようと思ってるんだ。彼女がどうするにしろ…海外行くなら長期で会えなくなるし」
えっ、と思った時には、自然と生垣に身を隠していた。心臓がバクバクした。
告白? 悠太が? 海外に行く彼女!?
「……ふふっ、うん。俺が弄ばれてる感じだな〜。けっこう気持ちはアピールしてるのにな」
も、弄ばれてるの?
「そうそう。そりゃ多少の年の差はあるけど……」
しかも年上!?
「……うるさいなー、社会人と大学生ならあることだろ」
相手、社会人の女の人なのか…。
「好きだから、仕方ないだろ」
悠太、見たことない顔してる。気恥ずかしいけど、これ以上ないくらい幸せそうな、大好きな人を想うときの顔。
フラッとよろめいて、本を入れていた鞄をバサリと取り落としてしまった。
その音で、ブラッシングでうとうとしていたタローが耳を立てて、
「わんっ!」
と尻尾を振った。
「え? タロー、どしたん?」
悠太も電話を耳から離して振り向く。
わたしは慌ててその場を離れた。
気づくと自分の部屋にいて、返すはずだった本もそのまま持ち帰って来ていた。
(……立ち聞きなんてした罰だ。悠太に社会人の好きな人がいたなんて……)
それ以来、なんだかうまく悠太の顔が見れなくて。
そのまま進学によって遠い街で一人暮らしを始める彼とは疎遠になってしまった。
だから、あの初詣で悠太と顔を合わせるのは久しぶりだった。
なのに全然ブランクなんかないみたいにすごせるのは、幼い頃からの習慣の成せるわざだった。
⌘ ⌘ ⌘
SA(サービスエリア)のトイレから出てくると、悠太が年上の女性3人に囲まれていた。わたしは固まってしまう。
え? これ今わたし声かけていいの?
「京都の国立大学なの? すごい頭いいね」
「あ、じゃあ帰省からひとりで帰るところ?」
「いえ、連れと二人ですー」
「へ〜!」
「なんかお正月からバイク旅とか、若さ感じる〜」
「ハハハ、そんな年齢変わらないじゃないですか」
「嬉しい。口うまいね!」
これって逆ナンってやつですよね。
こやつ慣れておる。……でも、悠太にとってはなんてことないんだ。
爽やかな愛想笑い。
そういえば、高校時代もモテてた。そりゃあモテていた。
バレンタインは紙袋いっぱいに貢ぎ物(チョコ)を持って帰ってきていたし、何度か告白まがいの現場に居合わせてしまったこともある。……でも、あんまり具体的な彼女の話は聞かなかったなぁ。
そうやって現実逃避していると、
「ねえ、今度京都に遊びに行くから、ご飯でも一緒にしようよ」
「あ、そうだそうだ。いいね!」
「ご馳走するよー!」
悠太は愛想笑いしているけれど、決してイエスとは答えていない。こういう時の悠太、割とわたしにはわかりやすいんだよね……。
割って入っていいのか迷うし、正直わたしなんか比べ物にならないくらい綺麗な人たちに怯んでしまう。
「あ、来た。風香!」
けれどニコニコ顔で名前を呼ばれたので、わたしは渋々歩み寄った。
「この子がその幼馴染です」
お姉さまがたの視線が突き刺さる。(え? この子が?)(彼女じゃないよね)(妹とか?)と目線が言ってる。
めっちゃ言ってる。
と、そのとき風が吹いて、
「えっ」
瞬間、わたしの体がふわりと浮き上がってしまう。5センチくらい浮いてる! 浮いてます神さま!
「あっわわわわ」
やばいこれっ。これっ、隣町まで飛んじゃった時といっしょな流れ!
「あれ?」
3人の美女のうち、ショートカットのひとりがわたしの足元を見て、パチパチと目を瞬く。足、完全に浮いちゃってますよね!
「えっ、その子……」
なんか浮いてない?と言い終わる前に、気づいた悠太が素早くわたしの肩を掴んで、地面に引き戻してくれる。
「ん? なにか??」
見事な着地とごまかす笑顔! 10点、10点、10てーん! 停止したわたしの脳内で採点者が高得点を叫ぶ。
「じゃあ、俺ら行きます!」
「えっ、今なんか浮いて…」
手にかいた汗を気取られないうちに、愛想のいい顔で「いい旅を」と言い添えて彼女たちとわかれる。
「焦ったああぁぁぁ!」
「おれもだよ!」
「気づかれたよね!?」
「いやー、さすがにあのくらいなら目の錯覚だと思うだろ」
くくくっと笑っていられる悠太、大物になるよ君は。
「ってかそれを願う! 気をつけなきゃ…」
「とりあえず出発するよ」
「うっうん、急ごう!」
「おっけ」
バイクにエンジンをかける。
「あ、でも座りっぱなしだと尻痛くなるらしいから、疲れたら早めに休憩しような」
「完璧な気配り!」
「前に言われたんだよ」
前に……このバイクに乗せた人いるんだ。
もしかして片想いの年上社会人か……。
勝手に落ち込むわたしをよそに、バイクはそのまま静岡に入って行った。
⌘ ⌘ ⌘
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