第4話

「お待たせ!」

 そう笑顔で私の前に現れた彼女。

「全然待ってないよ。」というテンプレートの言葉を発している間、私はただ安堵していた。何が私をそういった感情にしているのか。私にも分からなかった。先日選んだ服がちゃんと彼女と同じ系統であった事か、それとも私との関係性を断ち切らないでいてくれた事か。様々な憶測を憶測のまま放棄して、「今日も可愛いね。」と彼女へ伝える。もうこんな言葉は聞き飽きたのだろうか。「ありがとう。」の返事は以前よりも言い慣れていて、「早く行こ!」という明るい声に飲まれていった。私は、待ちきれずに先を急ぐ彼女の背中を、笑顔を作って追いかけた。


 流行りの恋愛映画を見て、おしゃれなカフェに行って、近くで買い物。今までに彼女と遊ぶ事は多々あったが、こういった言わば女の子らしいおしゃれな一日というものはなかった。最近仲良さげにしているクラスの子達の影響だろうか。私の知らない間に遊びに行ったりもしていたはずだ。

 「ねぇ、これ可愛くない?!」と韓国系の洋服を体に合わせてこちらに見せる彼女。無邪気な笑顔が添えられたその姿を、私は知らなかった。

「あの子達可愛いね。」

 近くを通り過ぎたお客さんが、私たちの方を見てそう呟くのが聞こえる。私も彼女の横にいられるくらい可愛くなれたんだ。ずっと願っていた事のはずなのに、どこか物足りないように思えてしまって、上辺だけの喜びが残る。

 何が足りないんだろう。ずっと彼女だけを追いかけて来たというのに、何が、、、。


 改札前、「またね!」と手を振る彼女がいた。可愛い彼女。私が追い求めていた彼女。その瞳に映る私は「あ、うん。またね。」と小さく手を振っていた。立ち尽くしたまま、満足そうに大きな歩幅で歩く彼女の背中を見送る。視界からその姿が無くなると同時に、重力に引っ張られるような強い疲労感が押し寄せた。

なんか、、疲れたな、、、

 気づけば終わっていた彼女との休日。非日常の時間はいつもより時計の針を加速させる。

私も帰ろう。

 そう別の改札口へ足を運んだ。


 彼女を真似て履いた厚底の靴。履きなれていないからか、合っていないからか、歩き疲れた私の足は、自然と速度を落とす。

はぁ、、、

 満足げだった彼女に反して、満たされない私の心。それはため息なんかで解消されるような単純なものではないからこそ、余計に考え込んでしまう。

彼女みたいに、可愛くなれた。それなのに、何が、、、

 先の見えない思考回路。灯りも、目印もないそこで、ふと一つの音が聞こえた。誰かの楽しそうな鼻歌。思考は途絶え、足が止まる。疲れた足に、また歩き出す力なんて残っておらず、鼻歌の聞こえる方へと目をやった。

なんだろう、ここ。

 人が行き交うだけの質素な通路に、ぽつんとある一つのお店。でも、薄れる事無く、存在感のあるそのお店に私は目を奪われた。

「あ、いらっしゃい。」鼻歌を歌っていたであろう店員さんはこちらを見てそう微笑む。先程まで考え込んでいたせいか、すぐに言葉は出てこなくて、軽い会釈だけを返した。

雑貨屋さん……だろうか。

 色とりどりの小物が綺麗に並べられている。その中で、店先に置かれた一つの商品が目に留まった。小さなウサギのぬいぐるみが付いた可愛いバッグチャーム。“人気No.1“と手書きのポップが添えられていた。ピンク色のそれは彼女が好きそうなデザインで、彼女を真似ようと付けた自分のものと、とても似ている。まだ続く長い通路を見て、私は店内へ入った。アクセサリーやインテリア、観葉植物。様々なものが置かれたその中で、一角にあったガラス細工のコーナー。他の所よりも照明の当たらないその場所で、ガラスは私を見てくれと言わんばかりに輝いていた。

「気になるものでもありました?」

 実感はないが、そんなに長い間見ていたのだろうか。店員さんは私にそう問いかけた。

「これ、綺麗だなって思って。」

 話しながら指差すのは、ガラスの中に青の花がいくつか閉じ込められた、丸いガラスのキーホルダー。

「あぁ! 良いですよね、それ。うちの新作なんですよ。」

 褒められたことがそんなにも嬉しかったのか、一段上がる声色。しかしながら、新作というには店の端に追いやられているような気がして、「これ、人気じゃないんですか?」と思わず聞いてしまった。

店員さんに人気か否かを聞くのはなんだか失礼だったかもしれない。謝罪や訂正の言葉を考えている間に、「そうですね、他のものに比べると。」なんて淡々と肯定された。その様子にほっとしながら、店員さんの言葉が頭の中でつっかかる。結局選ばれるのは可愛いものなんだ、と。共感してしまったのかもしれない。私の曇ったような表情を見て、「人気なものをお探しですか?」と首を傾げていた。

「あ、いや、えっと、そういうわけじゃなくて、、、」言葉に詰まっていると、他のお客さんが会計に呼ぶ声がした。店員さんは慌てた様子で、「ゆっくり見ていってくださいね。お好きなものがきっと見つかると思いますので。」とだけ言い残して行った。

好きなもの、、か、、

 ポップも目を惹く装飾もないそのキーホルダー。でも、なぜだか目が離せない。

そっと一つ手に取れば、会計の仕事を終え、バックヤードに戻ろうとしていた店員さんに声をかけた。

「あの! これ、ください。」

店員さんは、呼び止めるように出した私の大きな声に、少し驚いた様子を見せつつも、「かしこまりました。」と笑顔をくれた。


帰り道の足は軽かった。

足枷が外れ、やっと正しい場所を歩けたような、そんな感覚。

跳ねるような足音は、雑踏の中で息をした。



朝日の差し込む教室に、こんなにも上機嫌で入るのは初めてかもしれない。毛先だけ巻いたハーフアップに、オレンジ色の控えめなアイシャドウ。トートバックにつけたガラスのキーホルダーは、眩しいほどに綺麗だった。先に来ていた彼女に「おはよー!」と手を振る。

受け止めきれない情報量に、口を開けたままぼーっとしている彼女。

「あ、あぁ、おはよ、、なんか、雰囲気違うね。好み変わった?」

「うん、そうかも。」


 私は私として彼女の横にいたかった。ただそれだけだった。随分と遠回りしてしまったその足跡も、今は少し好きになれた。

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