二十四、鯉の姿煮で登竜門(完結)

 蒲池家の晩餐会から数週間が過ぎた。


 『金杖』こと正とは、あれからなにもなかったかのように今まで通りの生活が続いている。あくまでもお互いのやることに干渉しないというルールは私たちの間で生きているし、変えたところで建設的な結果にはつながらない。


 ただ、彼と異臭が絡んだ時に、私に多少なりとも関わった人間が……多くは『壁』とかかわるという意味でもあるが……突拍子もない事故に巻きこまれてきたのは事実だ。


 江原は執筆に鋭意専念している。『壁』や『金杖』はもちろん、蒲池家が特定できないように最大限配慮すると約束するメールを受け取ってはいた。彼のことだから嘘はつかないだろう。盗聴器入りの缶コーヒーはまだ手元にあるし。


 井部はあれからしばらくして退職した。もっとも、『アスファルト』としては活動を続けるとも別個に宣言している。その代わりといってはなんだけれど、駒瀬が新しい社員に加わった。


 宇土夫妻は、なぜか離婚には至らなかった。すずねが実を『かいがいしく』介護しているという。むしろそっちの方がおどろおどろしい。


 結局、蒲池家では陽子が真奈江を連れて始と離婚した。その上で、改めてエンジェルズベルの参加者となり検見さんのオンライン陶芸教室にも参加している。


 邦子は逆に、オンライン陶芸教室を辞めて宏や始と前からいる家に住み続けることを決意した。しかし、始はかたくなに再婚を拒んでいるという。


 宏は急激に老け込み、まめにおこなっていたボランティアも引退した。日がな一日オンラインでだれともわからない人間相手に碁を打っているそうだ。


 検見さんのオンライン陶芸教室は少しずつ人数が増え、それに伴い検見さんの作品や名前も世間に知られるようになった。まだスーパーのアルバイトは続けているものの、じきに本業に専念できるようになるだろう。なにしろ分秒単位でスケジュールを管理できる奥様ができたのだから。


「新郎、検見 育夫様。新婦、駒瀬 瞳様。おめでとうございます!」


 仮想市街地にある仮想結婚式場で、私が華々しく祝福するといっせいに拍手が湧き上がった。白いタキシードに白いウェディングドレス。花婿側の付き添い人は本人様のご両親で、花嫁側のそれは陽子と真奈江。


「それでは皆様。ささやかながら、私どもが新郎新婦をお祝いするためにお送りしました粗餐のご用意はよろしいでしょうか? なお、お料理は『ぐるまんほっと』様のご協力を仰ぎました。よろしくお願い致します」


 参列者一同の目の前には、小さいが一人一匹の鯉の姿煮が用意してある。登竜門という言葉にちなんで、二人の門出を祝うために私が発案した。


 エンジェルズベルが主催するオンライン結婚式について、会員同士の結婚をする場合サービスとして盛りこむようにしてある。むろん、それまでの利用者の支払い金額に応じてつけられるサービスであり、だれでもというわけではない。


 私もエンジェルズベルの休憩室で鯉の姿煮に箸を通した。その隣では、私と同様に正装した正が真面目くさった顔で同じように一口目を箸でつまんだところだ。


 エンジェルズベルの結婚式においては、やたらに複雑な形式ばった作法はない。司会だろうと裏方だろうとお祝いのご馳走はみんなで食べる。アルコールをいちいち上司や新郎新婦につぎにいく必要もない。夫婦別姓でもなんら問題ない。自由で新しい形式だ。


 鯉の姿煮は、久しぶりにケチャップのない料理だった。そういえば、正も胡椒を使っていない。味噌の風味が十分に利いた、どっしりした重みのある味わいで本当に美味しい。


 食べながら、我知らず腹をさすっていた。正には、私の妊娠をいつ告げたらいいだろう。


                 終わり

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トマトからさかのぼる、私の血 マスケッター @Oddjoh

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