4、
幾月かして、姉からまた手紙が届いた。
『リイチへ。
父さんが亡くなったこと、聞きました。ひとりになってしまったあなたが心配ですが、私は助けに行くどころか、この花街から出ることすらかなわない。とても心苦しいです。
たったひとりでとむらいを済ませたあなたの気持ちを思うと、こちらまで胸が痛くなります。
こちらは変わらず元気にやっています。まだまだ叱られることは多いけれど、お座敷にもやっと慣れてきて、少しなら芸もできるようになりました。
いつか、姐さんたちみたいに素敵な旦那さまがつくよう、姉さんもがんばりたいと思います。
そういえば、この頃、花街に妙な噂が流れています。夜更け、誰もいない表通りに、奇怪な行列があるというのです。花魁道中にしては長い列で、老若男女さまざまな人が歩いているのだとか。
行列の中には、命を落とした女郎の姿が幾人もあったそうです。とむらいをされずお濠に捨てられた女郎の魂がさまよっているのだと、まことしやかにささやかれています。私によくしてくださる姐さんの中にも、行列を見たという人がいました。その方の話によれば、いつまで続くともしれぬ長い行列は、ふと目を離した瞬間に消えてしまったそうです。
気味悪がるお客さんもいるようで、このままでは客足にも響くとおかみさんは気を揉んでいます。そういうわけで、今後、花街からあなたのもとに仕事が行くかもしれません。仕事が増えるのはありがたいことですが、あまり忙しくなって身体を壊さないように、気をつけてくださいね。
姉さんはいつもあなたのことを思っています。
チイより』
その手紙の通り、それ以来、花街から時折なきがらが運ばれてくるようになった。ぼくより幼い女の子から、しわくちゃになったおばあさんまで。定期的に仕事があるおかげで食うには困らなかったが、ある時からぱったりと、姉からの便りと仕送りが途絶えた。
最後の手紙には、こう書いてあった。
『リイチへ。
あなたに会いたい。私のかわいい弟。だけどもう、きっと会えない。会いたい。涙が止まらない。苦しい。
そういえば、最近、へんな夢を見ました。行列を。すごく、きれいだった』
弱々しい筆跡だった。ただならないことが起こっている気配がしたが、まだ子どものぼくは花街に様子を見に行くこともできない。もどかしさの中で、それでも仕事はやってきた。
花街から運ばれてくるなきがらを見て、姉ではないことを確認してほっとする。そういうことばかり、ぼくは繰り返していた。
姉は大丈夫だ。この頃便りがないのは、売れっ子になって忙しいからだ。この間の手紙は、きっとその疲れが出てしまっただけだろう。ぼくはそう言い聞かせながら、たったひとりでとむらい屋の仕事を続けた。
そんな折、洞穴からの帰り道。ぼくの前に、再び「パレード」が現れた。
「あらぁ。すごぉく美味しそうなにおいがすると思ったら……あなたね」
ロンが優雅に裾を翻し、こちらを見る。
「絶望のにおい……きっともう少しで熟れるわ……こんなに極上なのは久しぶりね……」
うっとりとした声色とは反対に、ロンの眼差しは鋭利で、冷たかった。ぼくは身動きができないまま、じっとロンを見つめ返す。
「ねぇ、パレードに入りましょうよぉ」
「……そうやって、君はぼくを取って食うつもりなんでしょう?」
「失礼ねぇ。すこぅしつまみ食いするだけじゃない」
鼻白んだ様子で、ロンが言った。
「丸ごと食べちゃうやつらと一緒にしないでほしいわ。あたし、美食家なの。魂は最初の一口目が一番美味しいのよ」
「……でも、そうされた人たちは、みんなおかしくなる……」
「何を言っているの? みんな笑っているじゃない。一口味見をされた後は、楽しい楽しいパレードの仲間入り。なぁんにも心配なんていらない」
行列の中の人々は、みんながじっとこちらを見ている。例の、薄気味の悪い笑みを浮かべて。
「入るのは簡単よ。殺せばいいの。じぶんを」
ロンはにんまりと笑みをたたえる。
「簡単なことでしょう? だってあなたは、お父さんを殺したんだもの」
その声に、四肢から力が抜けていくのを感じた。倒れた父さんの身体と、酒瓶についたどす黒い血の色が、脳裏に蘇った。
あれからぼくには、新しい痣ができなくなった。平穏が、きたのだ。
そして、傍と気づく。
そうか、ロンはその平穏を、絶望と呼んでいるのだと。
「かわいそうに、あなたはずぅっとひとりぼっちなんだわ。これからも、ずぅっと、ずぅっと……」
ロンは長い袖口で、涙をぬぐう真似をする。
「ひとりぼっちなんかじゃない!」
ぼくは声を荒げた。
「ぼくには……姉さんがいるもの」
「きゃははははは!」
ロンが突然、けたたましい笑い声をあげた。
「あなた、自分の姉さんのこと、なぁんにも知らないのねぇ」
「……どういうこと?」
「そのうちわかるわよ。あら、もう朝が近くなってきた……。じゃあね、また来るわ」
しゃらん、と大きな鈴の音がして、会話は強制的に終わった。ロンの神輿がどんどん遠ざかっていく。色んな感情が溢れて来そうで、ぼくはそのまま立ち尽くしていた。涙をこらえながらパレードを見ていた時、ちらりと、見覚えのある顔が目の前を横切った。
「姉さん!」
ぼくは弾かれたようにパレードを追いかけた。けれど、ゆっくり歩いているはずの行列に、いつまでたっても追いつけない。辻を曲がったところで、パレードの姿は忽然と消えていた。
東の空がうっすらと白みはじめていた。
翌日、花街から、姉と思しきなきがらが届いた。
着ているものはぼろぼろになり、皮膚がただれている。花街にはよくある流行り病だとすぐにわかった。病になった女郎は裏道の長屋に押し込まれるという。姉もそこにいたのだろうか。
ぼくはなきがらに取りすがって泣いた。姉さん、姉さん。何度も呼びかけながら泣いた。
それでも、とむらいはしなければならない。葬式をあげることすらできないのだから。ぼくは無理矢理足に力を入れて立った。姉をむしろに包み、荷車に乗せて、運ぶ。
毎日、様子を見に行った。朽ちていく姉を見るのは怖かったが、それでも見届けなければいけないと思った。ちゃんと骨を海に還すのが、ぼくの役目なのだから。
……けれど。
姉のなきがらは、何日経っても、朽ちなかった。
おかしい、と思った。今までそんなことはなかった。改めてむしろを剥がしてみた時、姉の帯の辺りから紐が出ていることに気がついた。
そっと引っ張ってみると、小さなお守り袋のようだった。中には折りたたまれた紙包みがあり、白い粉が入っている。
お守りの中には、長細い手紙も入っていた。
『これを飲めば、姉さんにいつでも会えます』
震える自分の手に、ぼくはじっと見入った。
ロンの笑う声と、鈴の音がした。
とむらい屋と秘密のパレード 澄田ゆきこ @lakesnow
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