私を見なさい!

 その顔を見て私は驚く。


「知っていると思うが、以前君が調査対象として依頼した人物だ。偶然だろうが、そのおかげで今回これだけ早く相手の素性を知ることが出来た。君は幸運の女神すら魅了しているのではないかな」

「……そうですね、神の采配に感謝します」


 なんで!? どうして! あいつが正義の組織なんかに。いや彼ならば分からなくもない。そういう性格をしているのは、少ない期間だけど直接会って何度も見ている。警備員の時も、私を助けてくれた時も、彼はそういう人なのだ。


 恐らく金銭面も彼の興味を引いたのだろう。あれだけ入れていたバイトを減らしてまで、こんな組織に無償で入れるほど彼の家庭の経済状況は芳しくない。いくら正義感が強くても、家族を捨てるような男だと思っていない。


 しかしこれで一つ納得する。彼に魅了が効かなかった理由だ。恐らく彼自身は無自覚であった為、一瞬かかりはしたものの、潜在的な能力の発現によって私の魅了は抵抗されたのだろう。これならば私になびかないのも頷ける。


 やはり、私は美しく魅力的なのだ。私は自信を取り戻した。

 しかし現実問題、魅了の効かない相手とどうコンタクトしていくか。幸いすでに接点がある。無理矢理新たに接触を図る必要もない。

 魅了が効かないのなら純粋な魅力で彼を堕とせばいいだけ。簡単ではないが、初めての挑戦に胸が躍っていた。



 まずいつも通り彼に接触を図る。

 相変わらず素っ気ない態度を取るが、今はそれでも若干嬉しい。

 はっ! 何を考えているの。任務に集中しないと、集中集中。


「今日はいつもより疲れてますか? なんか顔色がよくない見えます」

「そう? ちょっと新しいバイト先の仕事に慣れていないのかも」

「へぇ~どんな仕事をしてるんですか?」

「…う~ん。今は体を鍛えてるだけで、実はよく分かっていないんだ」

「大丈夫ですか? 何か怪しい仕事じゃないんですか?」

「公共事業らしいから大丈夫だよ」

「それならいいんですけど…」


 こいつ口が軽いな。というか未だに自分の能力の事把握していないのか?

 案外すんなりうまくいくかもしれない。彼をこちらの陣営に引き込めれば、形勢は逆転する。この重要任務、絶対成功させて見せるわ。

 授業が終わり、いつも通り学食へ誘う。今日は予定がなく、一緒に食べることが出来た。


「いつもお弁当ですけど、自分で作っているんですか?」

「いや、妹だよ。毎朝早く起きて作ってくれる、自慢の妹だ」

「へぇ~家族仲いいんですね」

「あぁそうだな」


 彼は褒められたのが少し嬉しいのか、はにかんで笑う。初めて見る彼の笑顔にドキリとした。へぇ~そんな顔もするのね。


 妹の話に気を良くしたのか、いかに自分の家族が優しいのか自慢話が始まった。妹とはいえ他の女の惚気話を聞かされて少しむっと思う。もちろんそんなことは顔に出さないけどね。

 若くして父親を亡くし、女手ひとつで育ててくれた母親も尊敬している話をする。さすがに母親には嫉妬しなかったけど。


 珍しく彼との会話が弾み、これはいけるかもと思った矢先、邪魔が入ってきた。


「お、中野じゃん。今日の一限でれなくてさぁ、ノート写させてくれね?」

「あぁいいよ、ほら」

「わり、後で撮って返すわ。お、珍しいじゃん女と一緒なんて。……よく見ると……。あのさぁ、俺たち今からカラオケいくんだけど君も一緒にどう?」


 ボソッと男が口にする「でかいな……」という声を私は聞き逃さなかった。そして同時に唐突にナンパしてくる男に私は辟易する。アンタなんかの相手をするほど私は安い女じゃないのよ。そもそも中野もなによ、今一緒にいるのになんか言ったらどうなの? もういいわ、ちょっと意地悪してあげる。私が追ってばかりじゃ変化もないでしょうし。


「そうですね、今日は私も授業はありませんし、是非お願いしようかしら」

「お、ほんと!? 中野悪いな、彼女ちょっと借りてくわ」

「別に、俺には関係ないことだ」


 カッチーン。

 さっきまでの笑顔はどうしたのよ。少しは私を見たらどうなの。

 私は目の前に残ったご飯をなるべく早く食べて、ナンパしてきた男と共に学食を去る。これで少しは嫉妬してくれればいいんだけど。


「他にもさぁ、友達呼んでくるから、今夜は楽しもうぜ」


 夜まで私を拘束する気? ふざけないでよ。私は彼を人気のないところに連れ出し魅了を掛ける。


(チャーム)


 すでに私の魅了に当てられた人間に魅了をかけるのは簡単だ。


「貴方は私とは楽しくカラオケで遊んだ。そのあと何もなく家に帰った。そう思いなさい。そのまま家に帰宅して二度と話しかけないこと」

「はい……」


 男は虚ろな目をしている。

 私はその状態の男と共に大学を去る。そしてカラオケ店に入店し、部屋の中に入るとさらに強く魅了を掛ける。


「ふぅ、これでいいかしら。これでしばらくこいつは私を認識することもないし、話しかけもしてこないでしょう。当て馬ご苦労様」


 私は男を残してカラオケ店から立ち去る。

 誰にもつけられていないことを確認し、自宅へと帰る。


「これで少しでも変化があるといいんだけど」


 次の日私が中野に挨拶をしたが、相変わらずの仏頂面だった。

 嫉妬しなさい!

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