魅了の力

 暖簾に腕押しの状態が続いて一か月、それ以上の進展はなかった。

 積極的に行き過ぎだったのかもしれない。そう反省していたら、組織から次の任務の指令が出た。


 まあ元々? 遊びだったし? 一旦置いておくわ。

 私は自分を納得させ任務の情報を見る。今回のターゲットは大手広告企業の裏金問題だ。企業全体の問題であり、組織の総力をもって問題を表に出そうということだ。






 私が属する組織「ブラックサンデー」には私のような超常の力を持つものが存在する。規格外の力を発揮す者、瞬間移動のできる者、未来予知のできる者、その種類は実に多彩だ。何の力を持たない構成員もちろんも多い。むしろ大多数がそうだ。そういったものに支えられて組織は成り立っているのだ。


 私がどうして組織に入ったのか、それは大学受験を控えたころに遡る。

 子供のころから私の周りには私のことが大好きな人が一杯いた。両親はもちろん、クラスメイト、教師、塾の講師、近所の人、出会った全ての人が私に好意を向けてくれた。それが普通だと思っていた。

 しかし時に行き過ぎた好意は有害だと知ったのは中学校に上がってからだった。いやらしい視線で見つめてくる男たち、ストーカーまがいのことをする犯罪者、実際に手を出されそうになったこともある。


 その時はなんとかなったけど、私は自分の魅力の強さに怖さを覚えた。それからしばらくはなるべく地味にしようと努力した。そうしたら被害は減ったけど0には出来なかった。


 高校に上がってから父親の会社が倒産して家計が苦しくなった。親は何も言わなかったけど私はお金を稼ぐためにパパ活を始めた。高校に入ってからも地味な装いはしていたし、その擬態もどんどんうまくなっていってそのころにはほんとに普通の地味な子になれていたと思う。


 でもパパ活には魅力が必要だ。この子と一緒にいる空間にならお金を払える。そう思わせなければならない。私は封印していた服装や髪、仕草を解禁した。先行投資にはなるけど、服装には気を配ったし、すぐにそんなお金くらいは稼ぐことが出来た。体の関係はなし、そうなりそうだったら急いで逃げたし、しつこい男には他の男を使って対処させた。


 そういったことを繰り返して、大学の学費や家族の為にお金をためていると、ある日今の組織にスカウトされた。ブラックサンデーの中に私のような超常の能力を持つものを感知できる能力者がいるらしく、私は初めて自分の中に眠る魅了という能力を知った。


 思い当たる節はある。度が過ぎた相手にやめてっと言うと、急に熱が冷めたように指示に従うのだ。パパ活で魅了した男たちが言うことを聞いたのはそういうからくりだったのだ。


「もちろんあなた自身の魅力は否定しませんし、組織に入るかどうかも強制できません。ただこの話を覚えてもらてっていると困るので断る場合は記憶を操作させてもらうことになりますが。勝手に誘って勝手に頭をいじるのは申し訳ないとは思いますが、私達も必死なのです」


 私はそう説明する調査員の人に質問する。


「待遇は? まさか無償で奉仕しろってわけじゃないわよね」

「我々にはスポンサーがいます。構成員の多くは無償で働いてくれていますが、貴方のような能力者には依頼に応じてそれ相応の報酬を約束します。それに他にも能力者がいますし、自身の能力の制御や使い方について協力できることもあると思います」


 ちょうど充分なお金は貯まったし、このまま魅了に振り回される人生を送りたくもない。何より汚い大人達をのさばらせる事が嫌だと思った。その力があるなら手伝いたい。そう思う自分に対して、驚くほど潔癖なんだなと感じた。






 私に入った依頼は相手を魅了させてから、マスコミを使い情報をリークさせるといういつもと同じようなものだった。ただ相手は大企業の社長、そこらの木っ端議員とは訳が違う。まずはよくある招待制のパーティーに潜入し対象に接触する。私の魅了にかかれば親密になることは、そんなに難しいことではない。ただ複雑な命令を下すために継続的に魅了漬けにするには、長期的な計画が必要になる。あまり派手に動くとバレてしまう可能性があるので下手な接触は出来ない。


 私はなるべく人がいない時を狙い、声を掛ける。


「こちらよろしいでしょうか?」

「あぁ、どうぞ、いやあ随分綺麗な人だ」


(チャーム)


 二十歳とは思えない大人な雰囲気をだし、今まで抑えていた色気を吐き出すように相手にぶつける。これだけでも相当な威力だ。相手がボーッとこちらを見つめる。


「ここではなんですし、あちらの個室に行きましょう」

「あ、ああ……」


 まずはここで確実にコネクションをつける。それも相手が周りに私の存在を露呈させないように内密にだ。私は周りの目を気にしながら個室へと入っていく。

 そこからは簡単だった。個人用の携帯を渡し、連絡先を交換する。もう何回か会えば、携帯の管理を厳重にさせ、情報漏洩の可能性を抑えることが出来る。今日はここまでと、そっと部屋を後にする。呆けたままの社長をそのままにして。


 その後三か月の間に四回会うことが出来た。忙しい合間をぬって時間を作らせた。魅了の効果は会うたびに増加し、ますます私の虜になっていった。

 他の作戦の方も順調に進んでいるようで、あと二か月もすれば完全に準備が整う。順調だ。これで日本の闇に大きく食い込むことが出来る。


 そして最終作戦が決行される前日、広告企業の社長に呼び出された。こちらから連絡しない限り、あちらから連絡してくることなどなかったので不思議に思った。しかし順調に魅了が浸透しているか、その確認の意味を込めて会うことにした。誘われた先は高級旅館だった。


 指定された旅館に到着すると、相手はすでに来ているようなので女将の後を追い部屋へと向かっていく。扉を開けると社長が座ってそこで待っていた。


「おぉよく来てくれた、さぁさぁ座ってくれ」

「はい、お誘いいただいてありがとうございます」


 下座に座る相手に促され上座に腰を下ろす。誰もいない空間では私の方が上なのだ。


「ところで、急に連絡だなんてどうしたんですか? 何かありました?」

「そうだな、ちょっと難しい問題が発生してな」

「問題……ですか」

「そう、例えば……お前のように俺のことを探るネズミがいることとかな!」


 男がそういうと後ろの扉から屈強な男たちが出てきた。

 作戦がばれている!? どこからか情報が漏れたのか、余裕の笑みを浮かべる男に私が問いかける。


「……なんのことですか? 急にそんな男の人を連れてきて、怖いですよ」


 魅了の効果はあったはずだ、何を掴んだ、何から漏れた。その疑問を確認しなければいけない。男は笑顔のまま答える。


「君たちのような能力者が、他にいるのを忘れていないか? こちらにもお抱えのテレパスがいるのだよ。私は定期的に彼に検査を受けている。幸いだったよ、事が大きくなる前に抑えることが出来そうだ」


 敵の能力者…その可能性を捨てていたわけではない。だがまさか自分がその罠にハマってしまうとは、迂闊だった。急に連絡をしてきたことを不自然に思うべきだった。


「チャーム!!」


 私は声に出し、魅了の技を相手にかける。いくら精神を正常に戻そうが、防壁をはろうが最大火力の私の魅了に対して怯まないものはいない。……いたわね一人。


 相手がもうろうとして倒れている隙に窓を破り、旅館の庭に出る。体にガラスが当たり傷が出来る。魅了の効果が切れた相手の護衛が遅れて追いかけてくる。

 痛い…、どうやら足をひねってしまったようだ。相手との距離が近づいてくる。私は必死に逃げる、気付いたときは街の裏路地に迷い込んでいた。


「そこまでだ!」


 私は行き止まりにハマり、護衛の人に囲まれる。


「チャーム!!」


 私はもう一度魅了を発動させ、その隙に逃げようと横を抜ける。


「逃がすか!」


 護衛の男が私の長い髪を掴み、コンクリートの床に叩きつける。


「手こずらせやがって、これはきついな、何度も食らいたくねぇ」

「しかし美人だな、どうせこいつはこのまま処理されるんだろう、その前に楽しんで置いても問題ないだろう」

「そうだな」


 いやらしい顔をした男たちが私の体に迫ってくる。必死に魅了で抵抗しようとするが、効果がない。意識もぼんやりしている。


「誰か……助けて」


 か細い私の声は街の喧騒に消えていった。

 終わりだ。こんなところで凌辱されて、何をされるか分からないが処分されるのだろう。絶望が私を埋め尽くした時、突然目の前の男が吹き飛ばされた。


「何をしている!」


 そこには随分前に見たような気がする顔、中野が敵の男を殴っていた。

 屈強な男を前に私を庇う様に立ちふさがる。


「とても合意があるような行為に見えなかったが」


 中野が相手を睨みつけて牽制する。


「今のうちに逃げてくれ、相手の数の方が多い。出来れば警察に連絡してくれると嬉しい」


 私はその言葉を聞いて痛む足を引きづり駆け出す。後ろは振り返らない、一刻も早く助けを呼ばなければ。


(チャーム!)


 自身に魅了をかけ、痛みを緩和させる。一時的なもので反動も大きいが、今はそんなことを考えている暇はない。


「誰か!! 襲われています!! 助けてください!!」


 私は魅了を込めて大声で叫ぶ。人はいない、もっと人が多いところにいかなければ、裏路地を迷いながら大通りへとでる。


「誰か! 人が襲われています! 警察に連絡してください!! 助けてください!」


 魅了の乗った声は周りの人に行きわたり、大人の男たちが「どこだ」と応援にきてくれる。


「こっちです!」


 私は大人達を引き連れ、来た道を引き返す。そして先ほど襲われた現場につくと、そこにはボロボロになった中野が横たわっていた。私は急いで息をしているのか確認しに駆け寄る。どうやら息はしているようだ。


「あぁ……無事だったんだね。よかった」

「私のせいで、ごめんなさい、ありがとう」

「泣かないで…」


 そういうと中野は気を失った。

 私は命に別状はなさそうなのを確認すると、後ろ髪をひかれる思いで急いでその場を去る。

 作戦は中止だ。全て筒抜けになっている。そうボスに連絡を入れると近くのアジトに身を隠した。


 足の痛みがぶり返してきた。

 心臓が早く動くのを感じる。これは痛みだけではない。そう認めたくはなかった。

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