襲撃
私が毎日須藤彩乃として大学へ向かう。私が住んでいるこのマンションは裏でブラックサンデーが管理しており、何人かのの住民はその構成員だったりする。
もし拠点がバレた場合を考えて一極集中の管理はしていない。
そもそもアジトの場所も必要でなければ教えてもらっていない。
徹底した情報管理が行われ、今日まで組織は表だって見つかっていないのだ。私の失態で露呈してしまったが。
意識を友人の話に戻して普通の女子大生を演じる。相変わらずくだらないことで盛り上がり、授業もまじめに聞いていない。
「うちの大学はかっこいい人いなくてつまらないよね~」
「先輩にいいひといるらいいよ」
「えっそれどこ情報!?」
「秘密~、私が狙ってるから」
「ずるい~私たちの中でしょ、教えてよ~」
「彩乃になら教えてもいいかな~」
「私!? いいよ~舞ちゃんに教えてあげなよ」
「だって舞じゃ取られちゃうかもしれないじゃん」
無自覚に「アンタなんかにとられるわけないでしょ」という侮蔑が入る。
そういうのは慣れたものだ、あ・え・てそうしているのだからむしろ当然なのだ。誇るべきこと。
クソみたいに地味な私がカースト中位の集団にいるのにも訳がある。
大人しすぎてもだめなのだ。美しすぎると羨望や情欲の対象になるし、野暮すぎても見下され、さらに大人しそうだと下衆な男の標的になるのだ。
ほんと難儀だわ~と考えていると授業が終わっていた。
二限目が終わり、席を立ち学食に向かう。集団の最後尾を歩いていると不意に後ろから声を掛けられた。
「須藤さん、今日空いてる?」
「あ、中野君……」
あの、あの中野から声を掛けられた。今までこちらからしか声を掛けることがなかったのにこれは何の変化だろうか。私はその行動に少し喜びを覚えた。先を行く友人たちに別れを告げて中野といつもの食事へと移る。友人たちの少し冷やかしている目線が鬱陶しかった。
「でも珍しいですね、中野さんからお誘いするのは」
「そうだね、なんだろう、なんかそんな気分だったんだよ」
ハハッと笑う中野の顔にまた少し胸が踊った。こいつの笑顔は反則だ、何故かドキドキしてしまう。
いつもと少し違う昼下がりに心穏やかにしていると、携帯に着信が入った。通常の連絡ではない、これは組織からの暗号文章が送られてくるときのものだ。私は慌てずにその連絡を見る、はた目からは分からない文章を紐解いてその文章の意味を理解する。
[拠点の一つを敵に捕捉された。可能な限りの人員は退避、戦えるものは防衛戦に入る。非戦闘員は各逃走経路から脱出せよ]
それは近くの拠点、私が住むマンションの拠点だった。
私の住む拠点には地下に続く経路が存在する。
何かを運び込むため、逃走するときの経路として、隠れるために。
私は暗号通信を受け取ると、急いで拠点に向かおうとした。
「ごめんなさい、ちょっと急用が出来たのでこれで失礼します」
「そうか、ではまた今度な」
中野の篭絡は最重要任務とはいえ、期間は定められていない。変化の兆しがあった今を逃すのは痛いかもしれない。しかし今危機に晒されているのは仲間達だ。自分が間に合えば非戦闘員を逃がすことを出来るかもしれない。なによりもう失敗はしたくなかった。
急いで大学を出ると、人気のない道まで出てから携帯で仲間に連絡を入れる。
「今の状況は?」
「今はまだ被害は出ていない、こちらの予知によって計画が進む直前で気付くことが出来た。現在交戦間近、避難まで三十分、機密情報の破棄に一時間かかる。これから防衛戦に入る」
「分かったわ、避難の誘導と破棄の手伝いに参加するわ、D1ポイントから進入、C3から避難でいいわね」
「それぞれの判断に委ねる、もうこちらは…」
「……切れたわね、通信妨害か、交戦したか。どちらにせよ急がないと」
私は近くの下水道から避難ポイントに続く道に入り、拠点内部への進入に成功した。
大きな音は聞こえない。大規模な戦闘が行われているわけではないらしい。水面下で行われている攻防、恐らくエスパー同士の精神戦だろう。
一般住民もいる拠点内部は、中でつながっている部分とそうでない部分がある。
大きな機密情報を保管しているのは地下の部屋だ。私は自室に下の通路から入り、アパートの一室からあくま普通に外出する。
外で監視しているであろう相手に、一般人ですよ、という顔をしてエレベーターへと消える。そのまま一階に降り、大学に向かうふりをして周りの視線を窺う。
(エレベータがある面に三点、監視の目があるわね)
研ぎ澄まされた私の感性に引っかかる視線がある。これも魅了のせいで得た副産物の一つだ。様々な視線に晒されてきたからこそと言える。
私は監視している人達を行動不能にするため、ひっそりと忍び寄る。相手の背後から奇襲をかけ魅了を掛ける。
「チャーム!」
私は正気を失った相手を縛り上げ通信機を破壊する。連絡がつかないことを不審に思われるのは時間の問題だが、今火急なのは地下へと向かうエレベーターの確保だ。
同様に残りの二人を拘束し、通信機器を破壊する。
相手の監視がなくなったことを確認し、マンションへと戻りエレベーターを使い地下へと向かう。
そこでは持ち出せる情報を必死に保存している構成員たちの姿があった。
「もう敵はすぐ手前まで来ているわ。残りの情報は破棄、十分後に破壊させる。今持てるだけの荷物だけですぐ避難を」
外の様子が伝わっていないであろう構成員に、出来るだけ早く移動することを促す。
「C3から避難を開始、敵と交戦した場合引き返し、C2またはA2に退避、そこには仲間が待機している予定よ」
連絡が組織全体に伝わっていればいるはずの仲間に信頼をよせ、逃走の指示をだす。一番は誰とも交戦しないことだ。顔が割れることも避けたい。
「各自仮面を用意、決して顔を見せるな」
情報の積み込みが終わり、自動破壊ボタンを押す。
「十分後には破壊されるわ、急いで避難しましょう」
頷く構成員と共に地下通路を使ってC3へと向かう。
「ブラックキャット、戦いなら俺がいる。任せておけ」
「キラーパンサー…」
彼は屈強な体躯を持つ、怪力の能力者だ。ただえさえその体に宿る力は計り知れないが、脳のリミッターを外し、さらにそれ以上の力すら発揮する生粋の戦闘要員だ。
「信用しているわ、ただ相手にはエンパスもいる。精神攻撃に気を付けて」
「俺が? 屈強な精神は屈強な肉体に宿る。筋肉がすべてを解決する。ガハハ」
彼が大きく笑いながら私たちは走る。
その前に人影が見えてきた。
「……こちらに組織の人間はいないはず、C3は破棄、A2へ移行する。非戦闘員は急いで退避、私とキラーパンサーで遅延戦闘を行う」
「任せておけ、別に倒してしまっても構わんのだろう?」
胸をドンと叩き力を入れる彼に少し安心をする。
どんな相手でも私と彼のコンビでいけば、一人相手に後れを取る可能性は低い。それにこれは遅延戦闘だ。敵わないなら逃げればいいのだ。
人影が近づいてくる。
マスクでよく見えなかったが、よく知った目をしていた。
「あれは、確か中野正義、超能力の無効化をもった能力者だな」
「……まだ私の魅了も浸透してないし、効いてる感じもしないわ、貴方の怪力も封じられると考えると純粋な肉弾戦になるわ」
「ふん! たとえ能力を無効化されても俺にはこの筋肉がある! 負けはしない!」
自信満々に構えるキラーパンサーに向かって、中野がこちらへ歩いて距離を詰めてくる。
「お前たちは何者だ?」
「その質問に何か意味があるのか? ただの一般人と言えば見逃してくれるならそう言うが」
「愚問だったな。無論、確保させてもらう」
中野が駆け出し、キラーパンサーと肉薄する。お互いの打撃が炸裂する。
怪力を封じられたキラーパンサー、その身体能力は能力なしでも充分なものだ。しかし中野もここ最近その体が日増しに巨大になっていることが確認されている。決してただの一般人ではない。能力を抑えたうえで制圧できるよう、鍛え上げられた肉体と体術が披露される。
「ぬぅ!」
中野のパンチがキラーパンサーの顔面に入る。片膝をつく彼に中野が追撃をかけようとしたところで私の魅了を掛ける
「チャーム!」
私の魅了で一瞬動きを止めることに成功する。警備員時代に合った時と同じだ、彼の能力はまだ安定していない。もしくは浸透した魅了の効果か、とりあえず発揮された効果によって、立ち上がったキラーパンサーの反撃の一撃が入る。
上向きで倒れた中野を見て、私がキラーパンサーに伝える。
「もう充分よ、これ以上の戦闘は増援の危険もはらんでいる。即時撤退して非戦闘員の護衛に戻りましょう」
「そうだな、痛み分けといいことでここは引いてやろう」
「……待て……お前は……」
後ろから聞こえる中野の声を無視してA2の出口に向かって二人で走り出した。
「こっちだ!」
A2に集まった仲間と合流し、避難が完了した。
しばらくして、遠くから小さな爆発音がして、機密情報の破壊が確認された。
ブラックサンデーとホワイトマンデー(仮)の初戦はこちらの敗北となった。
こちらは一つの拠点を失い、相手は何の成果も上げられなかったのは不幸中の幸いだ。
これがこれから続く長い戦いの始まり。相手は確実にこちらの喉元に刃を突きつけている。そう実感した一戦だった。
私の魅了が効かないなんて~私の魅力で落とせない男なんていないと思っていたのに~ 蜂谷 @derutas
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