私の魅了が効かないなんて~私の魅力で落とせない男なんていないと思っていたのに~

蜂谷

出会い

 今日も私は絶好調。ターゲットの政治家を超常の力、【魅了】を利用して今までの悪事を暴く書類を作らせている。

 この手の工作は慣れたもので、世間には知られていないけど私の属する組織は悪人を見つけては、あらゆる手段をもって糾弾していく。誰も私たちの正体に気付いていないっていうのが大事なの。警戒されいないからこそ、工作もしやすくなるし対処もしやすい。


 夜遅く、議員の男の事務所で作業をしていると、足音が近づいてくるのが分かった。警備員だろう。鉢合わせると面倒くさいわね。相手が普段なら明かりのついていない部屋を不審に思う可能性がある。今魅了の力は書類の作成に使ってしまっている。無駄な受け答えは出来ない。


「仕方ない、か」


 私は顔を見えないように仮面を被り、どんな男でも魅了させるプロポーションを蠱惑的に見えるポーズで警備員を待ち構える。本来魅了は長い時間をかけて相手に好意を寄せさせることで、強力な力を得る。しかしわずかな時間でいいのなら、初対面でも魅了の効果は発揮される。

 私は部屋の中を確認しにくる警備員を帰らせるくらいの効果は出せるであろう魅了の力を放つ、そう思い身構える。警備員の声が聞こえる。


「山本議員、いらっしゃいますか? 消灯時間は過ぎております。何かありましたでしょうか」


 返事はない。魅了の効いた相手に思考する能力はない。簡単な返事すら出来ない状態だ。


「……誰かいるのか?いるなら返事をしろ。……」


 ガチャガチャと鍵を取り出し、ガチリと鍵が開く。ミニスカートでタイトなスーツに身を包んだ私は体を反らして、シャツのボタンを外してその豊満な胸を強調させる。そして大きく締まったお尻を突き出し、相手の目を見て能力を発動させる。


(チャーム!)


 魅了が効いたのか、相手が顔を伏せ、力を抜いたかのようにダランとしている。

 よし、あとはこのことを忘れさせ帰らせるだけでいい。そう命令しようとすると、相手が顔をあげ声を上げる。


「なんて破廉恥な格好をしている。お前は何者だ!」


 なんで!? 魅了が効いていない……。どんな堅物でも、必ず効いていたのに、一体どんな精神をしているのよ。

 しかし効かなかったものはしょうがない。おおよその目的は達した、ここで捕まるようなことは出来ない。


 目の前には大人の男、正面突破は難しい。私は引き戸になっている窓を開けると二階から飛び降りた。


「待て!」


 同じように窓から飛び降りて警備員が追ってくる。

 たかが警備員がそこまでしなくていいのに、給料分の仕事だけにしときなさいよ。

 私はスーツを脱ぐと、相手に向かって投げつける。

 それが相手の顔に当たり、その視界を防ぐことに成功した。後は闇に紛れて逃げるだけだ。私がそのまま夜の喧騒が続く街に消えていくと、もうあの警備員は追ってこなかった。


「あぶない、あぶない。任務は一応成功ってことにしておこうかしら」


 あそこまで書類が完成していれば、自ずと悪事は明るみになるはず。私は組織に任務の成果を報告する。


「こちらブラックキャット、議員の書類偽装に大半は成功、途中妨害があり完全とはいかなかったので、今後の結果次第では他のエージェントの力を借りたい」

「了解した。長い期間ご苦労であった。しばらくの休暇を許可する。羽を伸ばしてくれたまえ」

「ありがとうございます。それでは」


 私は盗聴対策をした携帯を仕舞い、夜の街へと消えていく。

 ブラックキャットはここまで。今の私はただの女子大学生、須藤彩乃すどうあやのなのだ。








「彩乃こっちー」


 私は友人に呼ばれて、近くの居酒屋に入る。今の私は野暮ったい恰好をしている。少しでも化粧をして綺麗な服を着るだけで、私の魅力が抑えきれないからだ。普通の子として生活するためには、極力着飾らないことが私には必要なのだ。


 今日は数合わせの合コンに参加している。私の魅力に気付く人はいない、完璧な偽装だと自信を持てるが、脇役に追いやられていることに少し悔しく感じる。

 少し意地悪をしてやろう。私は一人の男にそっと近寄り、目まで隠れていた髪を少しかき分け、上目遣いで注文をする。


「次は私これが飲みたいなぁ~お願いできますかぁ?」

「……あ、あぁ!分かったよ」


 落ちたな。そう確信できるほど男は緊張していた。その後もその男は私によく話しかけてきたけど、もう自信は充分取り戻したので、元の普通の女子大生に戻る。相手もその私に魅力を感じなくなったのか、徐々に消極的になっていく。

 そして何事もなく飲み会は終わった。所詮数合わせ、二次会には参加せず自宅へと帰った。家に帰り、ヨガマットを引きストレッチを始める。美しい肉体を保つ為に、日々の努力は欠かせない。


「それにしてもあの警備員、魅了が効かないなんて。こんな屈辱初めてだわ」


 確かに多少整った顔をしていたけど、女慣れしているような様子はなかった。何が足りなかったのだろうか。ストレッチを終え、かいた汗を拭って風呂に入る。美しく煌びやかな黒髪をトリートメントで補強する。


 まあもう二度と会うことはないだろう。魅了が効かなかったのは悔しいが、作戦に支障が出るほうが問題だ。更なる魅力の向上を胸に、ベットに入った。


「明日は久しぶりに学校にいこうかしら」


 しばらく任務で大学は休み休みになってきた。そろそろ出席しないと単位があぶないのだ。普通の女子大生として活動することも重要な任務と言っても差し支えない。


「休暇らしい休暇っていつぶりかしら」


 私は愚痴をこぼして、眠りについた。

 翌朝目を覚まし大学へと向かう。


「おはよ~彩乃、昨日はごめんね~私達だけ二次会行っちゃって」

「おはよう、いいよ、私が行っても余りそうだったし」

「そんなことないよ~、彩乃ってよく見ると可愛いし」


 冴えない私を少し下に見ている友人との嫌味な会話をしながら、大学内を歩く。

 一限目の授業はこの子と違うので、この話をずっと聞かされることはない。


 彼女と別れ、教室に入って一息つく。


「ふぅ」


 席は真ん中の方だ、前には真面目な子たちが座っているし、後ろは遊んでいるような子たちが騒いでいる。

 ふと前に目をやると、私はその顔を二度見してしまう


 (あいつ!)


 昨晩私の魅了に抗った警備員、そいつと同じ顔をした男が最前列の席に座っていた。





 大学内の男か、ノーマークだった。

 まさかこんな近くにいるなんて、でも双子ってもこともあるかもしれない。まずは情報を集めてから行動しましょう。こちらの正体がばれている可能性もあるしね。


 そうして一か月、彼の情報を集めた。組織の諜報員を動員し、家族構成から交友関係、経済状況から恋人の有無まで、ありとあらゆる情報を調べ尽くした。

 調査の中でどうやら私の正体はバレていないことが確認できた。

 何度も彼の前を通ったし、ディスカッションのある授業では同じ班になるようにした。声色からも姿からも、私とが警備の時に会った侵入者と気付いていないようだ。


 彼は母子家庭で妹がおり金銭的に裕福ではない。大学は真面目に通っているようで友人も少ないながらも存在する。バイトを多く入れているようで、毎日みっちり時間が埋まっている。


「これと言って珍しくもない、至って普通な学生ね。こんな人にどうして私の魅了が通用しなかったのかしら」


 今までも簡易的な魅了を使う場面はあった。基本的には対象と多くの時間を共にし、じんわりと魅了を浸透させていく。そうすることで完全な魅了状態にすることが出来、細かな指示にもしたがえる、まさに操り人形となるのだ。

 簡易的な魅了では、意識を混濁させたり、一瞬で大量のお酒を飲み、酔っ払ったような状況にするのが精いっぱいだ。しかしそれで充分であり、実際効果は表れていた。

 しかし、彼がそういった状態になることはなかった。元気に私を追いかけてきたし、体の変調は見受けられなかった。


「単に体質の問題かしらね、私の力だって万能ではないと教えてくれて助かった、と考えるのがいいかも」


 ただ私の魅力が足りないだけでしたー、という結論では悔しい。時間さえあれば落とせる。

 そうだ、今は休暇中で時間は充分にある。彼を落としてやろう。

 軽い気持ちで始めた誘惑作戦、どうせすぐに落ちるだろう。

 

 そんな私の思いは叶うことはなかった。



「どうして!あんなにそっけないのよ! 別に女性が嫌いなわけでもないし、普通に恋人がいた期間だってある。私の魅力が足りない? タイプもリサーチして完璧なはずなのに」


 誘惑を初めて三週間、その成果はほとんどない。

 私は清楚で大人しそうな女性が好き、という相手に合わせて、真面目な学生を装い授業の前に接触を試みた。


「こんにちは、私須藤彩乃といいます。隣いいですか?」

「あ、どうぞ」

「ありがとうございます。あの、お名前伺ってもよろいいですか?」

「中野と言います」


 私はいつもの野暮ったい、しかしどこどなく鮮麗された格好に身を包み彼の前に現れた。掴みは問題なさそうだ。授業中、退屈な教授の話を流し聞きしながら彼を見る。

 ここで過度な接触は逆効果、授業は真剣に受けたい彼の思いを削ぐことになるからだ。

 しっかりと話を聞く彼の横顔を見つつ、思ったよりいい顔してるじゃないと思った。


 私は授業が終わり席を立つ彼を学食へと誘う。


「中野さん、お昼ってどこで食べます?学食なら一緒にどうかなって」

「自分弁当持ってきてるんで、いいです」

「あ、そうですか。でも学食のテーブル空いてますし一緒に食べませんか?」

「いや、友達と約束してるんで」

「そうですか……」


 おいこら、こんな可愛い子がご飯に誘ってるんだぞ。友達との約束なんかよりこっち優先するべきだろうが。

 そんな内心の怒りをおくびにも出さず、悲しそうな顔をする。


「それじゃ」


 そう言って中野は立ち去って行った。

 まぁ、まだ最初だし。いきなり誘われて気が動転でもしてたんでしょう。

 まだまだ時間はあるし、どんどん接触して好感度をあげていきましょう。


 そうして一週間が過ぎた。毎日のように誘っていたら、今日は誰もいないんでいいですよ、という言質が取れた。。

 ようやくだ。友人のいる席に無理やり入っていくという手もあるが、あまり接触する対象は増やしたくない。これは任務ではなく、あくまで私的な復讐なのだ。


 清楚で大人しい子がすきだからと、何もアプローチをせず相手に好意を持ってもらうという手段もあった。しかしそんな受け身でいたら何時になるか分からない。休暇も無限ではない。


 そんな大人しいのに積極的という矛盾を孕みながらも、私のアプローチは続いた。

 学食で一回食べてから、中野に声を掛ける機会を増やした。あくまで自然にだ。授業前と後、授業の合間、帰り道、ちょっと偶然にしては多いかな?というギリギリの線を狙って喋りかける。


 相手から話しかけられたことはまだ一度もない。


 興味がない? この私に? おかしい、この男がおかしいのだ。絶対そう! あり得ないんだから!!

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