第17話 水の雨降る貝の島

 マヒナ、ハウケアも含め、この辺りの可住星では神話を共有している。それは異なる星系から神々が訪れて星を生む中、自分たちの祖先も誕生した、というものだ。

 今、住む星は違えど、彼等は森羅万象に宿る力を礼拝して言葉を唱え、歌い、踊る伝統を持つ。そこに力豊かな異能者が現れる相似性は、近しい神々と万物への崇敬によって生じる、と考えられて来た。

 とはいえ光年単位で離れた星同士、言葉も習慣も風土と共に変わって行く。

 それが積み重なり、随分、昔から異なる文化も持ち、多くの星では神話を思い出すことも特別な機会のみになった。ケアヌはウリやリポに対してだろう、基本的な内容から語り始める。


「この神々が元々いらした星がモクプープー、貝の島。水の雨が降り、普段は豊かに潤う穏やかな星だったことから、水辺の貝で呼ばれたとか。本当の名を口に出さないための愛称だそうです」


 ケアヌを信用はしていないラウリマも話は聞き、警戒しながら座っていた。レアなどは想像もつかない距離を星間航法により跳び回っている彼やキリフネでも、その名に心当たりはないようである。首を傾げ、用心した面持ちで互いやケアヌを見た。


「ですが、貝の島、或いはプープーという言葉でその星にまで力の届く詠唱者……異能者がいた、という伝承もマヒナにはあります。そんな力豊かな異能者はもう僕達にとって大昔に生まれなくなっているので、今は確かめようもありませんが」


 彼は少し考えるように間を置く。


「マヒナが水に関する言葉の使用に厳しいのは、元々は我々の神の故郷を知らずに乱さないためでした。ハクメレさんも直接、プープーという言葉は詩に使っていないはずです」


 キリフネが鋭い視線でケアヌを射た。

 アヌヘアからレアへと直接、手渡された書の内容をハクメレ拘束以降に見ることができるとしたらウリを通して入手した関係者位である。


「最近では抜きん出た力を持つハクメレさんだから、そこにも慎重にならざるを得ません。その代わりにプー法螺貝という語は使えます。実は『プーの伝説』は神々の故郷を忘れないために作られたメレと似ています。そこで貝の星はプーと呼ばれていますから」


 ケアヌはキリフネへ目線を返す。


「今で言う異能の力は当時からもう以前と較べれば弱まり、それを嘆き、問題視する人達も多かったそうです。そこから歌へ、そして、それを当時風に訴える『プーの伝説』になった、というのが有力説です」


 それを聞いた瞬間、レアははっとして立ち上がった。流石にケアヌも意外そうな顔をする。


「ケアヌの異能は弱いって! あれは?」

「最近、ちょっと力が増して使い道が判って来たんだ。でも、それは今、話すことではないから今度ね」


 彼は苦笑すると、レアの短くなった髪を初めて撫でた。

 それを見て黙っていたラウリマが重い口を開ける。


「信用されたいなら、これには正直に答えて貰おう。君にここの情報を教えたのは、そこのリポと名乗ってるお嬢さんかな?」


 レアから少しだけ離れて傍らにいたリポは目を見開いて彼の方を見た。レアは彼女より激しく動揺して姿勢を崩す。しかし、ラウリマは全く彼女を向かず、ケアヌだけに神経を尖らせていた。

 ケアヌは特に感情らしさを出すこともなく、しっかりと頷く。


「はい」

「違う! 僕は情報を流せなんて言われてない!」


 すぐさまリポが叫ぶ。

 それを落ち着いた手の動きで制し、ケアヌは微苦笑した。その淡褐色の瞳にレアの馴染み深い優しさを見て、彼女は息をつく。


「リポ、大丈夫。黙ってて良いんだ」


 リポを鎮めるように数度、頷いてみせるとケアヌは待たせたラウリマに一度、顔を伏せ、唇が動いた。すると、それに先んじてラウリマがリポの方を向き、わざとらしく体を寛げる。


「君がスパイとして入って来たとは思っていないよ。只、余りにも都合が良過ぎるだろ? 世間知らずのお嬢様が退廃区に放り出されたら、君みたいな頭も体も回る子と偶然、知り合うなんて。これは誰かが陰から助けてるな、とは最初から判ってたよ。僕、辣腕経営者なんで」

「辣腕とは言ってない。敏腕だよ」


 生意気な口調はそのままにリポは唇をすぼめ、次第にしわを寄せる顔を背けた。泣くのを堪えるような表情にレアが手を伸ばすと、即座に振り払われる。

 ラウリマは目の端でケアヌを捉えた。


「君の情報は欲しいから一応、教師に雇っても良いが『若いから仮雇用』と君のスパイ任命者には言っておいて欲しいね。勿論、通いだ。マウナにお住いのご令息をこんなあばら家に住まわせる訳にいかないからね」

「有難うございます」


 その声に幽かに震えがあるようにレアは感じたが、彼が何を思ったかは全く判らない。彼は事も無げに言葉を続けた。


「では、僕からも見返りに一つ。レアの兄は言霊に敏感です。言葉に宿る意思を感じ分けますから、嘘や逃れようという感情が伝わってしまいます。今、彼は捜索する側です」


 ロカヒが公に質す立場なら厄介であることをケアヌは言外に告げる。レアの表情は自ずと陰らざるを得なかった。


「余計なことですが、お二人にはナルさんというお嬢さんがいらっしゃいますよね。彼女のマヒナでのお名前がレア」


 それを聞き、ラウリマが今まで見たことがない程、顔色を失う。


「『ハクメレの娘、レア』という表現は彼女にも当てはまる言葉です」

「娘は巻き込みたくない」


 彼は眼光鋭く告げた。

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星に降るは女神の涙 小余綾香 @koyurugi

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